2024.12.31
 
今年もお世話になりました。

 今年は後期高齢者になった年です。つまり75歳ということになります。60歳の時、ある会合で70歳のかっての同僚を見て、自分は70歳になってもああいうふうに元気でいられるだろうか?と内心考えていました。それがその70を5年過ぎて気分的にはその頃より年を意識しなくなりました。しかし気力体力は確かに落ちています。あるのは気分だけで、なんとか1年やってきました。来年はどうなるか、このままのペースでスローダウンしていってほしいです。
 
 以下はhttps://pahko.hateblo.jp 2024抜粋です。


1月 別邸ウッドカーペット敷き
 ひょんな事から購入した別邸。リフォームはネットで探した業者に頼んだ。床の部分の職人がいい加減だった。はじめの日に連絡もなく来なかった。別に急ぐ現場でもないが、約束が違う。その後は注文通りに仕事をしているようだったが、床の部分が薄かった。そこで近所のプロ向けホームセンターで床板を購入、大きさを合わせて貼り増した。この部屋はペットホテルになるので、この上に防水の敷物をして一応の完成を見た。一応趣味は日曜大工と言っていい。金額と完成度を考えると業者に頼むのが一番楽だが、頭で考えたとおりに仕事が仕上がる快感には変えられない。右目が効かないので細かな作業には苦労するが一応は満足の行く仕上がりだった。
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1月7日


2月 Oldies BAND 
 中学時代の友人から、オールディズの生演奏があるからいかないか、と言われていた。場所は六本木で、巡業公演で年に2度ほど行く場所である。いつもは通り過ぎるだけでバンドをやる店に入るのは初めてである。友人は私と同じ学年だが大企業の家電メーカーの仕事で未だに日本全国を講演して回っているらしい。中学時代は私よりモテたはずだし、高専を卒業して就職した会社ではいくらでも機会があったはずだが、結婚しなかった。技術広報の仕事なので、海外にも行き、こうした店にも出入りしてるから、私より遊んでいるはずだ。この友人とは今年はあと一回王子の居酒屋で飲んだだけだった。
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2月28日


3月 5年ぶり 
 コロナウィルス感染症の縛りが外れて、会合が開けるようになったので5年ぶりに再開した。33年前にはじめて会った同じ職場の人々である。現役の教員は私をいれて2名しかいない。5年前は10名いたが、高齢を理由に1名抜け、認知症で施設に入ったひとが一人、もうひとりは連絡がつかなくなった。住所の場所に調べに行ったメンバーがいるが、マンションで中にはいれなかったそうである。この秋に会合を開こうとこの時は言っていたが、連絡しそびれて結局開かれなかった。私と私の隣りにいるジャニーさん似のひとが幹事である。
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3月16日


4月 送り業務 
 私立小学校の学童保育の仕事も10年になる。その前はその私立学校の中高教員を10年やっていたので、一番長く通勤している職場となった。カトリックミッション校なのでアフタースクールのキッズ業務だが、帰りのお別れの会には毎日マリア様の祈りを唱える。駅までの10分少しの道を低学年の小学生を送っていく。この日記を読み返すとはじめの頃はお話をせがまれて、毎回その場で思いつきのお話をしていた。怖い話とかUFOの話とかホントのような嘘の話である。今年はお話をせがまれることはなかった。相手が変わったせいかと思ったが私のほうが変わってしまったからかもしれない。低学年は手を求めてくるので、お話はしなくても手を繋いで駅まで一緒に歩く。
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4月15日


5月 bootcamp中 
 日曜大工以外の趣味はパソコン関係である。ここでは画面が3つ出ているが、これにiPadをつけて通信教育のレポートなど採点する。macにwindowsを入れて試験問題を作成しようと試みた。試験問題のソフトはwindowsでないと動作しない。iMacにwindows10が写っているが、結局使わなかった。キーボードの入力位置が微妙に違い大変使いにくい。ハードウェア関係では自作パソコンはやったことがない。せいぜいメモリの交換や周辺装置の互換程度である。ソフト関係はOSの入れ替えやLinuxのテスト導入、アパッチやデータベースの設定ファイルの変更程度でいずれも散々いじった挙げ句実用になるものは少ない。趣味というからには自分から進んで面倒くさいことの中に喜びを見出さないといけない。映画鑑賞は趣味であるが、時間つぶしに見るネット映像は娯楽やエンタメというべきで、趣味とするにはそのコメントを書かないといけない。映画館に言って映画を見てそのコメントかくところまでやれば趣味だと言える。映画サイトcinema scapeがほとんど見られないので、有力コメンテータのように自分のサイトにコメントを上げるようにすれば、趣味と言えるであろう。
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5月15日


6月 2Fラウンジ
 42歳から14年間一番仕事をして勤務校の2階ラウンジである。巡業公演関係で行ったときに覗いてみた。数年前までここは私の聖地であった。それも後期高齢者となるとその気持も薄れ、それほど特別視できない。もう30年以上経っているが、場所は相変わらずであった。来年また公演を頼まれても数年前のように心躍らないと思う。ま、仕方ない。
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6月13日


7月 また来た(発熱外来) 
 高齢者の割にはほとんど体調をくずすことがなかった。常備薬も一日1錠のむ花粉症の薬だけである。風邪で寝込んで仕事を休むなどは年に一度もなかった。ところが今年は2月はじめにコロナ、7月に風邪の発熱、12月に同じく風邪の発熱で年に3度も仕事を休んでしまった。回復にはほぼ1週間かかっている。回復期に気持ちが弱くなって、どの仕事を辞めるか考えた。復活するとその気はなくなるが、仕事疲れが原因であると思っている。通勤にけっこう体力を使うのである。体力だけでなく、気持ちの面でも苦手感がけっこうありストレスになる。自分があまり知らないこと、できないこと、自信がないことを仕事に合わせてやらなければならない。これがけっこう気持ちの負担になっている。好きで気楽に出きることだけをやれればいいのだが、世の中そう言うわけにはいかない、というのが私の人生観である。
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7月15日


8月 令和の下板沢
 ぼっち・ざ・ろっくは下北沢のライブハウスを題材にしたアニメである。ガールズバンドでギャグと青春の混ざり具合が適度によく、音楽シーンは割とガチに作ってある。アニメ内の架空のバンドが演奏する曲が普通にランクインする時代になった。町おこしとしても商工会議所などが協賛している場合もある。あらゆる表現行為は現実認識と願望充足のトレードオフである、と言うのが私の表現論で、問題はそれぞれの表現の深度と両者のバランスにある。ぼっち・ざ・ろっくななかなかのできで★4つ。下北沢、新宿、そして渋谷と大開発が続いて、それらの場所に付随した昭和はすっかりなくなり記憶の中にあるだけになった。だから思い出は事実確認ではなく、願望充足となる。
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8月15日


9月 明大前の路地 
 毎年下高井戸シネマの会員になる。990円の会員価格になるのと、無料鑑賞券2枚、それに地元商店街の商品券をくれる。これで2500円はやすい。主張のある名画座なので、単館系の映画をよくやる。流行りものもかかる。館内は往年の映画ファンとおぼしき年配者が多い。この2枚の鑑賞券をなかなか消化できない。この時はたまたまやっていた「大いなる不在」なる日本映画を見た。なかなか知的に凝った映画で★3つ。下高井戸から明大前まで歩いて戻る。地元吉祥寺のアップリンクのwebサイトの年間会員になったが、結局ドキュメンタリーを一作見ただけで、ほとんど使っていない。1万円近く払ったので、コストパフォーマンスは下高井戸シネマより悪いことになった。
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9月15日


10月 5年ぶり 
 現役教員最後の年に女子校の担任をやった。卒業式は私の60歳の誕生日だった。その卒業生の同窓会だが、私が主催して5年毎にやっている。というより5年目にやって次は10年目にやって、今年は15年目になるので結構迷ったがLINEで連絡したら10名ほど集まった。子どもを連れてくるところが女子校である。15年もすると仕事が変わっていたり、変化が大きい。京都とアメリカにいる卒業生とはzoomで連絡した。5年おきよりもう少し会っておきたい、というので次は私の77歳にかこつけて2年後にする事になった。
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10月19日


11月 お一人様席

 ヒルメシの問題というのがある。月火木金と通勤しているので、昼食は外食になる。月木の茗荷谷に通う時は、勤務先から駅まで行く道に結構な食べ物屋がある。和風定食屋に目をつけているが、さすが文京区である。うな丼1500円とか魚定食1200えんとか結構安くてウマい店が多い。油そばも時々利用する。校外に出ない時は500円の仕出し弁当が結構うまい。火金の新秋津ー清瀬の西武線絹の道を利用する時は、やよい軒、なか卯、丸亀うどんの3択である。その時の気分できまる。そのうちやよい軒が新装開店となった。ロボットは歩いていいないが、タブレット注文のセルフレジである。最近ではこのパターンが多いので、やっと慣れた。 参考リンク
11月15日


八重洲北口
  八重洲北口のルノアールに11月14日に来た。2年ぶりの人にあった。そして1ヶ月もしないのにまた東京駅八重洲北口に来て人に会うことになった。何かの縁であろう。いずれも偶然に導かれて会うことなったのである。あったところで現実的になにかあるわけではない。相変わらずだね、という感想に価値がある。
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11月14日
12月11日