2008年06月23日(月)
夏座敷 [日記]
今日の一句
夏座敷ものみな眠る昼下がり 浮浪雀
昨日不規則に寝ていないせいか
寝不足の頭痛である。
飛び込みの業者さんが3件
なかなか大変な渡世だ。
朝自転車置き場に利用カードを忘れた。
妻がメールをよこした。
自転車置き場から電話があったというのである。
いつもカードを入れているところを確認すると
確かにない。
しまうのを忘れたのだ。
全般的にものごとを保持する力が弱くなっている。
意識の集中が持続しないので、
途中で意識がなくなっている。
意識がないからもちろん気がつかない。
ものがなくなる、という形で現れる。
自分に穴が空いてそこからどんどん漏れだしていく。
10代の頃、世界は自分と自分でないもので構成されている、と考えた。
なぜかというと、自分という意識が自分をきめているが
この世の中は自分でないものが存在するからだ。
それは自分の思い通りにならないものごと、という形で現れる。
この考えの誤りは、自分と自分でないものを分けるのに,
自分の思い通り、という自分の欲望を持って来た点にあると思われる。
この考えでいけば、欲望をなくせば、世界と自分の境界はなくなり
世界はすべて自分になるはずだ。
つまりこうして見えているものはすべて自分なのだ。
実際私は高等学校の修学旅行(東北に行った)で
記念写真はすべて自分の目に写った写真しか
購入しなかった。(つまり自分が写っている写真は入手しなかった)
こうして自分がどんどん世界に浸食されていけば
あの思春期のように自分は世界になれるのだ。
なるべく肩身狭くして片隅でやっと息をするように
生きていければいい。
進路資料片付け終わらず。
6時下校。
Posted at 21時41分
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