2014年04月07日(月)
花衣 [日記]
今日の一句
車椅子押して二人に花衣 浮浪雀
朝からダラ寝はええのう
時は春
ほっておいた机上の郵便物を整理
色々くるんだわこれが。
ネット上では削除削除のひとなでワンクリックで済むが
紙封筒だとこうはいかない。
最近は薄いビニールまとってうふん、とか言ってくる。
丁寧にはさみで切断して燃えないゴミに捨てる
中を開けてみるとこれが期限切れ.
直ぐに払い込まないとならないものもあったりする。
未処理のもの、必要と思われるもの
捨てるもの
判断不能のもの
と恒例の3分類をして、中身を読んだりしていると
すぐに出勤の時間がやってくる。
チャリでしばらく行くと
鍵を閉め忘れたのに気がついた。
1時間余裕で家を出ているから
とりあえず戻る。
途中に今まで気がつかなかったパン屋を見つける.
けっこう安いので3つほどかって、帰宅ついでに昼食も済ます。
仕事は引き継ぎ関連のメール3件
相変わらず居場所がないので、カバン肩から下げて移動する.
まずは業務ルートを決めないと行けない.
上履きに履き替えて、かっての職場に顔を出し
今日の連絡事項など読み、今の職場に顔を出し、
さらに小学校の職員室に顔を出し、
本日の状況を把握して、居候の仮の部屋に行き
パソコンつけて業務連絡。
それから連休明けに使う一刻館に行って様子見
もどってぶん回し業務
先生くさーいとか言われる
タバコやめるか
それとも大人はくさいんだーと居直ってみるか。
今更子どもに好かれる必要はない。
それも仕事のうちか
それでも物隠し遊び、百人一首などの様子見て
業務上の課題を検討しているうちに時間となる.
勤務時間を過ぎる事はまあない。
畏友N医師から調査依頼のあった日本酒を飲ませる店に行く。
おまかせというと純米酒のいいやつを出してくる。
1合飲んで適当につまんで40分ほど出てくる.
酒に弱い私はすっかりほろ酔い
値段が難点のブロイラーラーメンライス食べてチャリ帰る。
フロも入らず轟沈
目覚めたら夜中の1時半
翌日も休みだと思うとネット業務にTVのダラ見
ほっておいた宮崎駿の引退の真実てな録画見ているうちに
昇天している。
死んだり生きたり結構忙しい。
ネットから
“ 悩みのるつぼ―朝日新聞6月13日
相談者 男性高校教師 40代
40代の高校教諭。英語を教えて25年になります。自分で言うのも何ですが、学校内で評価され。それなりの管理的立場にもつき、生徒にも人気があります。妻と2人の子供にも恵まれ、まずまずの人生だと思っています。
でも、5年に1度くらい、自分でもコントロールできなくなるくらい没入してしまう女子生徒が出現するんです。
今がそうなんです。相手は17歳の高校2年生で、授業中に自然に振る舞おうとすればするほど、その子の顔をちらちら見てしまいます。
その子には下心を見透かされているようでもあり、私を見る表情が色っぽくてびっくりしたりもします。
自己嫌悪に陥っています。もちろん、自制心はあるし、家庭も大事なので、自分が何か具体的な行動に出ることはないという自信はありますが、自宅でもその子のことばかり考え、落ち着きません。
数年前には、当時好きだった生徒が、卒業後に他県で水商売をしているとのうわさを聞き、ネットで店を探しました。自分にあきれながら、実際にその街まで足を運びましたが、結局店は見つかりませんでした。見つけていたら、きっと会いに行っていたでしょう。
教育者としてダメだと思いますが、情動を抑えられません。どうしたらいいのでしょうか。
回答者 作家 車谷長吉
私は学校を出ると、東京日本橋の広告代理店に勤めた。が、この会社は安月給だったので、どんなに切り詰めても、1日2食しか飯が喰えなかった。
北海道・東北への出張を命じられると、旅費の半分は親から送ってもらえと言われた。仕方がないので、高利貸から金を借りて行っていた。生まれて初めて貧乏を経験した。2年半で辞めた。
次 に勤めたのは総会屋の会社だった。金を大企業から脅し取るのである。高給だったが、2年半で辞めた。30代の8年間は月給2万円で、料理場の下働きをして いた。この間に人の嫁はんに次々に誘われ、姦通事件を3遍起こし、人生とは何か、金とは何か、ということがよくよく分かった。
人は普通、自分が人間に生まれたことを取り返しのつかない不幸だとは思うてません。しかし私は不幸なことだと考えています。あなたの場合、まだ人生が始まっていないのです。
世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻した時に、はじめて人生が始まるのです。 従って破綻なく一生を終える人は、せっかく人間に生まれてきながら、人生の本当の味わいを知らずに終わってしまいます。気の毒なことです。
あなたは自分の生が破綻することを恐れていらっしゃるのです。破綻して、職業も名誉も家庭も失ったとき、はじめて人間とは何かということが見えるのです。あ なたは高校の教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。
せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気ないことです。そういう人間が世の9割です。
私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということが少し分かり掛けたのは、31歳で無一物になった時です。
世の人はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。
阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。”
なかなかカッコいい答えだ。
Posted at 11時28分
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.pahko.jp/tb.php?ID=3748
