2014年04月23日(水)
ゆく春 [日記]
今日の一句
ゆく春や白き棺のしまいどこ 浮浪雀
ネット業務
関係している学会の広報誌の原稿チェック
サーバーに上げて相互確認することになっているが、
そのための業務がまだシステム化していない。
当面試行錯誤が続く。
日常業務はそのやり方をマニュアル化して
あとはコンテンツの点検改善に勤める、
というのがストレスの少ないやり方だと思うが,
マニュアル化していない業務が多く
不全感が残り続ける。
そもそも業務の目的すらはっきりしていないことがけっこうあって、
やりながらそれを決めていかなければならない
デートと同じだね。
とりあえず自分で出来る所までやって
あとは先方の出方次第。
KIDS業務
昨日の確認と今日出来る所をやる。
メール確認いくつか。
これも基本の表をつくってそこから業務配分するのがいい、
と思っているが,何が基本の表か不明。
マリア館整備
教室らしく机を並べ、残りを2階の倉庫に使う部屋に上げる。
相談室ソファーとテーブルをつける。
前職場からまるごと持って来た引っ越し荷物のうち
使えるファイルなどを持ってくる。
ぶん回し業務
リクエストが多いので
宇宙は1日1回と決めてある.
なぞなぞのリクエストがあったので
上は大火事下は大洪水なーんだ?
というのを出したが???の反応だった。
答えはお風呂なんだけど、
最近の内風呂は火が見えない.
外に給湯器があるから。
私は内風呂のない時代に育って、
友人のうちにはドラム缶を切って作った風呂を庭に据えて
入っていた.わかす時は下から薪を入れる.
昔なら、このなぞなぞは成立する.
次のようなのがいいらしい
だれにもあいてにしてもらえないくだものってなあに?
答えはようなし、
これってちょっと黒いよね.
さらっと流して深く追求しないのがいいと思うけど。
こういうのはけっこう私は好き
小さい時からほどほどの悪意にさらすのがいい。
しんぶんにいつものっているとりってなあに?
答えはきじ。(しんぶんきじ)
こういう語彙を増やす学習系もいれて
そのなかにほどほどの悪意を入れるのが教育的、と思ってる.
ね、仕事やってるでしょ。
しにまね
ごミサ
大分疲れが取れて来たのか
天使さまの来襲はなかった。
週1、30分の懺悔のひととき
相談室の日程表訂正業務
明日への引き継ぎがいろいろあるんだけど
ほどほどにして撤収
ネットから(ちょっと長いです)
“シカゴ大学の行動経済学者Richard Thaler氏は、次のような問いを設定した。
映画を見に行こうとして、10ドルの前売りチケットを買いました。ところが、劇場に入ろうとして、あなたは自分がチケットをなくしたことに気付きました。(予約席ではなく、払い戻しはできません。)あなたは、もう一度10ドルを払って映画のチケットを買いますか?
この問いに対して「イエス」(もう一度買う)と答えた人は46%にすぎなかった。一方、次の似たような問題では、全く別の反応が見られた。
料金が1人10ドルの映画館に、映画を観に行きました。劇場でチケットを買おうとした時、あなたは自分が10ドル紙幣をなくしたことに気付きました。あなたは、10ドルを払って映画のチケットを買いますか?
こちらの質問では、88%の人が映画のチケットを購入すると答えた。どちらの例でも「失った金額」は同じなのにだ。この劇的な違いは何に由来するのだろうか。
Thaler氏は次のように説明する。映画を観に行くという行為は通常、チケット代というコストと引き換えに映画を観る体験を手に入れる、ひとつの取引だとみなされている。チケットを再度購入すると、チケット1枚に20ドルの「コスト」がかかることになり、映画の料金としては割高に感じられる。これに対し、10ドルの現金をなくすことは映画の「メンタル・アカウンティング」には含まれていない。このため、映画代としてもう10ドル出すことは苦にならない、と。
[メンタル・アカウンティング(mental accounting、心の会計)とは、Thaler氏によって提唱された概念。人は、同じ金銭であっても、その入手方法や使途に応じて、(時に無意識に)重要度を分類し、扱い方を変えていること]
脳がメンタル・アカウンティングを行なうために、われわれは同じ金額でも扱いを大きく変える。上の実験では、2つの互いに矛盾した判断が行なわれたわけだが、これは古典派経済学の重要な原則に反している。つまり、「1ドルはつねに1ドルの価値を持つ」という前提だ。
Thaler氏の別の実験では、「価格15ドルの計算機を5ドル安く買えるなら、車で20分遠回りをしますか?」という質問が行なわれ、回答者の 68%がイエスと答えた。これに対し、「価格125ドルの革のジャケットを5ドル安く買えるなら、車で20分遠回りしますか?」との問いに、イエスと答えた人はわずか29%だった。つまり、大きな買い物においては小さな金額は重要とは思えず、絶対的な金額(5ドル)よりも、メンタル・アカウンティングのほうが、判断にとって重要だったわけだ。
この原則を当てはめれば、なぜカーディーラーが要りもしない付属品をあれこれ付けて車を売ることができるのか、なぜわれわれが高額な電子製品を買うとき、要りもしない保証書にまんまとお金を払わされることが多いのか、その理由を説明できる。
また、ホテルにおける高額なインターネット接続にも説明がつく。もともと宿泊料が高いホテルでは、シリアルやWiFiにも馬鹿げたほどの値段を付けることができるのだ。メンタル・アカウンティングでは、これらはまとめて「ホテル料金」とされる結果、これらの料金もそれほどクレイジーには見えないからだ。(一方で、安いホテルでは無料でネット接続や朝食ビュッフェが提供されることが多いことも、同様に説明できるだろう。ホテル代金が安いのに、よりたくさんのサービスを無料で得られるわけだ。)”
ようするに私たちは思い込みの世界に生きている。
それを行動によって変えようとするのが、
認知行動療法、ってことでよかとですか。
エビデンスとかいわれるとアメリカの行動経済学者みたいになっちゃうけど
普通に考えればわかるよね。
結婚式、葬式、家を買うとき、金銭感覚が狂う。
ポイントが2倍もらえるからって、その日買うの我慢して
ポイント2倍の日は時間がなくて
バス代使ってポイントゲットしてよろこんだりしてる人が、
人生の一大事になると10万円とか平気でつかっちゃう。
Posted at 07時42分
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