2010年08月11日(水)
秋風 [日記]
今日の一句
秋風や南十字の丘越えて 浮浪雀
予定外に出勤
進路関係業務2件
ずっとやらなくては、と思っていた
HP関連業務をやる。
欲を言えばきりがない。
必要最小限の最低ラインをともかくやる。
メール関連をいくつか。
そんな事をしているうちに時間となる。
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
般若心経のこの行の「無」は
ないということではなく
離れると考えてください,
と建長寺の坊さんがいった。
眼耳鼻舌身意は感覚器官、最後の意は意識だから
感覚器官によって生じる意識のことであろうか
色声香味触法は感覚器官によって生じる感覚である.
最後の法はなんであろうか。
これらから離れなさい、と言っている。
感覚的実在から離れよ、と聞こえる。
だがこの境地に至る前に
この感覚的実在=ものに2種類ある.
天然自然のものと人工物である。
都会生活で目にするもの、聞こえるもの、
触れるもの、ことごとく人工物である.
見える物は空を除けば、地面も建物も誰かが意図して作り上げたものだ。
人工から離れようとすれば,空だけを見てすごすか
海辺へ行って海ばかり見て過ごすしかあるまい。
都会生活で一番目にする自然は人間であろう。
人間は衣服を着て化粧をしていろいろ加工しているが、
それでも人間の手を加えていない場所が多い.
植物もその配置は人工的だが、植物そのものは
天然自然といえるだろう。さらに動物、ペットのたぐいも
人間と同じ意味で自然と言える.
ペットは衣服を着ていないのが多いから
人間より自然である。
人間も衣服をはぎ取ってしまえば、これは自然に近づく道理である。
鎌倉3日間の研修の収穫は、いかに自分の感覚が人工物にさらされて来たか、ということを自覚できた事に尽きる。
感覚的実在から離れる前に、まず人工物から離れれてみよう。
そう思い至った次第.
Posted at 04時30分
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.pahko.jp/tb.php?ID=2377
