2010年08月06日(金)
葉鶏頭 [日記]
今日の一句
葉鶏頭右も左もばかばかリ 浮浪雀
研修が終わった翌日は日直業務。
この学校の日直にはきちんと日直の仕事がある。
せっかく夏休みに出勤するから、ついでにいろいろ片付けてしまおう、
などという考えは通用しない.
職員室の廊下を掃き掃除。
校舎の見回りを2回
出勤される先生方の動向を記録
かかって来る電話対応(それゆえ原則職員室より外へは出られない)
日誌の記入。
台所の片付け
ふきんの選択
ゴミ捨て
だからできる仕事は机回りの整理と
自分の教材、分掌関連の雑務
やってくる生徒対応である。
それでも机回りの整理に入れたのは午後の3時を過ぎていた.
進路2件教科1件の生徒指導
小学校パソコン室使用関連業務
警察問い合わせ対応
要職関連業務
進路資料整理
結局机回りは片付かず
来週予定外に出勤することになった。
来ればやることはいろいろある。
3日間東京を離れたので
久しぶりの職場は新鮮だった.
やはり私はworkaholicなのだった。
職場に生じる様々な事柄に関して
健全な見方が出来ていなかったことに気づいた。
仕事から少し身を放しただけで
そのことはすぐわかった。
まず生徒の見方。
現在の職場のどっぷりつかっていると
そこからの観点だけでみている。
精神的に疲れないために
ラベルを張って、判断を固定させ
生徒に関する情報を処理する悪癖に落ち入っている。
教育は現在の社会システムにおける振る舞いを教えると同時に
生徒個人に開かれた未来を保証する営みであるから
まずは人間を固定して見てはいけない。
それは人間関係を固定し生徒の可能性をつぶす。
どうせできるわけがないと思っている生徒に
そのとおりどうせできないんだお前はと口には出さなくても思っていれば、
その関係は固定して、その悪循環から逃れない限りいつまでたっても出来ない。
先生の期待を裏切っていけない、と弱い立場の生徒は思っているものである。
なんてことを考えたりしながら登校した。
そこから、週に一度は東京近辺のキャンプ村などで1泊する、とか
経費の事を考えれば、ビジネスホテルで一夜を明かすとか
ともかく今の仕事から離れてREFRESHする時間と場所を
恒常的に確保する事は精神衛生上たいへんよろしいのではないだろうか
などとも考えた.
総まとめシリーズとは
運良く生きながらえてもあと10年
死ぬ事は年金生活よりも確かなので
その残りをどう生活するか、のヒントを得ようとする私なりのあがきである。
在宅ホームレス、でずっぱりニート
なんてのは私の願望を表す標語と思ってもらっていい。
それでも+1仕事して撤収
42年ぶりに復活したG3例会
これは仕事関連の話はないので
酒飲んでくだらないことを話しているだけである。
今日のメンバーはいずれも編集者なので
食べ物、酒の情報が豊富。
山形だだちゃまめの本物は地元では高くて食べられない、とか
お茶の水の立ち食い蕎麦「はるな」はうまい、とか
湯島天神にはうまい親子丼ぶりを食べさせる店がある、とか
神田のあわへい、上野のうさぎや
桑の実さらしてつくる**
イギリスから輸入した発酵酒製造セット(密造酒にならないただし書きつき)
などなど
いずれも罪のないうんちく話である。
酒に弱い私もついついつき合って
どこをどう帰ったやら気がついたら
大変なことになっていた。
iphone(3GS)がない。
(明日に続く)
Posted at 09時48分 パーマリンク
2010年08月05日(木)
広島 [日記]
今日の一句
広島や自身の人生軽きこと されど 浮浪雀
研修3日目は私が存じ上げている方お二人の
受賞記念講演である。
もちろんお二人とも私のことはご存知である.
始めの方はご自身の人生を振り返り
障害児教育(今は特別支援教育というらしい)一筋の
生き方を総まとめする内容だった.
プレゼンは用意したメモ原稿をとつとつと読み上げるだけという
温厚な紳士そのままの形式だった。
高校時代にこの道に入るきっかけとなった読書について語り
様々な苦難を乗り越えて定年後の現在あるのは
いままで関わりのあった人たちのおかげである、
とりわけ障害児の方々のおかげである、と感謝の言葉で締めくくった。
私が衝撃を受けたのは、その経歴の始めから
障害児と関わるのが楽しくてしょうがない、と話したときだ。
ためにする話はとてもできない不器用な方なので
それは本心そのものであると思われた。
私にもそれに似た経験はあるが、
とても楽しいことばかりではなかった。
その話を聞きながら私は自分の人生を振り返りざるを得なかった。
経歴を考えれば私の方がまだ恵まれたキャリアを歩いて来たように思われる.
それが人生の最終章に来て、充足の度合いがまるで違う。
そもそも人生に「もし」がないのと同じように
他人の人生と比較するほど無意味なことはない。
私が聴衆を前に話すとすれば、どんなことになるだろうか、
と考えて、とても語る事ができない、と思い至った。
語る事がないのではない、
自分の人生を語る、ということが
なんだか理解できない.
結局、私は自分をもてあましているのだった。
そのことを再確認しながら
その方の話を聞いていた.
もう一人の方は私の勝手な思いでは
この分野のジャンヌダルク
自身が望まずして闘わざるを得ない立場に置かれた
風の谷のナウシカである。
プレゼンは愛用のairmacを駆使して
文字情報のkeynote(windowsならpowerpoint)
を用意されていたが、
話はそれとは違う、その場で思いつきの事例だった。
その語り口と内容は圧倒的で
この分野の女性たちが
ある種の強烈なカリスマ性を感じるのは致し方ないだろう、
とおもわせるものだった。
この方は公立の国語教師を25年ほど続けたあと
現在は大学の教授となっている。
私に嫉妬心が生じなかったといえばウソになる。
しかし1時間ほどの話を聞いた後
またしても私は自分の人生と他人のそれを比べるのは
愚かな事だ、との結論に達した。
つまるところ
人は人、自分は自分なのだ。
話が終わったあと、私はあいさつをせずに会場を後にした。
メールで感想を送ることを考えていた。
「私にとっての課題は目の前に違和感の解決でした」
と語り始めた時、私はそれならわかる、と思った。
しかし、この今も私はまだ目の前の違和感を再確認していた。
壇上のその方にとって若いときのその課題は
一応の解決を見たように思われた.
お二人の受賞記念公演をきいて
社交辞令だけでなく
まずはおめでたい、と思ったが
同時に
自分はどうなのだ、と自問せざるを得なかった。
そういう状態で、とてもあいさつなどできはしない。
この自分の課題を再確認するために
6年ぶりにこの会に出たのだと思った。
Posted at 01時18分 パーマリンク
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