2010年08月28日(土)
秋 [日記]
今日の一句
お散歩の犬に挨拶朝の秋 浮浪雀
幕張メッセでワケありバイト
暑かったけど室内は涼しかった.
こういう事ができるのも夏休みあってこそ。
私学に移った時、勤務はきちんとして
空いた時間でバイトができる、と思った。
収入ももちろんだが、日常生活の中に別の世界があるのはわるくない。
私は中学のときからバイトをしていた。
中学生とラーメン屋の店員をやっていた。
二重生活が習い性になって大学を卒業するまで
この二重生活は続いた。
やっと就職して仕事一筋の生活になるかと思ったが
今度はまた大学に通い始め、仕事と学生の二重生活を
42歳までやった。それから仕事一筋の生活になるかと思ったが
研究会に所属して、二重生活は抜けなかった.
公立学校の教員のとき、知り合いに頼まれて家庭教師を2、3回やったことはある。もちろん職場には報告しなかった。大学の時間講師を頼まれたときは、ちゃんと書類を書いて報告した。公務員の勤務に関していろいろとうるさくなったころである。30年も前の頃は、公立高校の先生で予備校の講師、などという人は何人もいた。公務員の職務専念義務がやかましくなり、兼業を禁止されるとそういった先生は予備校の講師になって受験界で仕事をするようになった。世の中が整って行くと、私のような二重生活者は住みにくくなる.もちろん公務員時代に仕事をさぼった事はない。ドレイとして日夜勤めさせていただきました。有給休暇は年に1、2日病気のときにとっただけで、休日出勤、代休なしで仕事させていただきました。それでも勤務から離れたわずかな時間に他の事をやって、たまたまそれが収入になることもあった。そういった時、私の遵法意識がちくちく痛んだ。.
私学になったら勤務時間はしっかりやって、空いた時間で経験と収入のために副業っぽいことを後ろめたい気持ちを抱かずに思う存分やってみたいと思っていた。しかし私立も十分忙しく、持ち前の貧乏性で定年から2年目を迎えるというのに、相変わらず週50時間は職場にいる。気力体力の衰えにはあらがえず、帰宅すればフロメシネル状態でそのまま轟沈。明け方、夜中に起きてこのブログなどの私的なネット関連業務をこなして2度寝の日々。007は2度死ぬだよまったく、などとぐちりながらその生活も6年目である。夏休みは本務が空く分、習い性の二重生活にほんの少し戻ることができる。
その休みももう終わりで、またなんとかしのぎの毎日新聞だね。
Posted at 05時32分
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