2011年10月02日(日)
葡萄 [日記]
今日の一句
種無し葡萄の種が好き 浮浪雀
結婚シリーズ第2弾
今日は娘夫婦の入籍日
式はどうするか未定
今日は二人の企画ものの記念日
仕事も一緒なのだった.
それで家に来た.
3週間ほど前来る予定だったが
カレシの側の都合で中断した.
婚姻届の保証人はこちらで書いた。
親戚関係のお祝いをもらって
お礼の電話を掛けていた。
まあ味方の陣地が一つ増えた、と考えればいいか。
妻はこれで一段落ついた、と言った。
今日はネット関係の事を久しぶりにやった.
自伝シリーズの過去ログのリンクを書き換えた.
自伝シリーズは2006年の6月に102号まで書いたが中断している.
小笠原の教員時代の途中で、現任校に来た経過を書いた「ことの顛末」が入っている.
そもそもこのサイトは自伝シリーズのサブサイトとしてはじめたもので、当時は伝言日誌と言った。航海日誌のノリである.
それがブログなどというものが開発されたので、それに乗ったのである。そのうち避けがたい強迫性が覚醒して、今のように毎日書き込む事になったのである。
102枚の内部リンクをすべて書き換えた.
なにテクストエディターで検索・変更という機能を使って、102の5倍ほどクリックすれば良いのである。
さらに写真のサイトも400枚ほど全部やった。ついでに昔の日誌を読んだ.
現在より良く書き込んであって読み応えがある.
ちなみに過去ログからコピーしてみる。
タイトル:金返せ 2002年 10月 17日
昭和63年というから1988年である。
14年前と言うことになる。
私はまだ30代である。
吉祥寺南口を出たところで小柄の清楚な女性に話しかけられた。
銀行員のような制服を着ていた。
美人である。
30代の私である。
ルノアールで小1時間お話をした。
ドキドキした。
「じゃ、今度会社の近所に来たら、お昼誘ってくださいね。
おいしいおそばやさんがあるんですよ」
別れ際にそう言った。
彼女の会社は目黒にあった。
日本がバブルの絶頂を向かえる前夜であった。
女はIRSというリゾートクラブの勧誘員だった。
会員になれば、リゾートのホテルを会員料金で使える。
軽井沢、浜名湖、伊豆、千葉、
風光明媚な観光地にある白亜のホテルの写真を見せられた。
誰と行くんだ?
おそばやはあるのか。
入会金が高かった。
1500ccクラスの車1台分ほどであった。
私のようなドレイ教員は一生家を持つことはない、
と考えていたので、それなら気分だけでも豪華に行こう、
となかばヤケになって申し込んだ。
リゾートホテルで美女とおそばである。
妻をなんとか説得した。
目黒の会社に電話すると、
男が出た。
話しぶりは慇懃だったが、
そばのその字も出なかった。
気の弱い私は、ならやめると言い出せなくて
入会した。
伊豆、軽井沢、浜名湖と3回使った。
家族旅行である。
妻はテニスの合宿に何度か使った。
もちろん宿泊料金をその都度取られた。
そしてバブルは崩壊した。
私が住んでいた団地も立て替えで崩壊予定だった。
紆余曲折はあったが、近くに中古の家を購入した。
ローンの期限は70歳までである。
私は生きているんだろうか。
返却が大変である。
とてもリゾートクラブどころではない。
退会すると、入会金の半額は返ってくるという契約だった。
退会するというと、返却は契約から7年後だという。
そう契約書に書いてあるという。
話が違う、と思ったが確認すると、
お札ほどの大きさの契約書の裏に蟻の行列のような小さな字で、
確かにそう書いてあった。
かといって、そのままにしておくと、
年会費はちゃっかり取られる。
退会すればその出費はなくなる。
やめる手続きをした。
幻の目黒のそばは高くついた。
そうして約束の7年目がやって来た。
激動の1995年である。
ウィンドウズ95
阪神大震災
地下鉄サリン事件
契約解除の日を間違えた。
1週間連絡が遅れた。
連絡すると、会社はもう目黒ではなかった。
世田谷区になっていた。
名前も変わっていた。
また7年たたないと解約できない、といわれた。
確かに蟻の頭がそう言っていた。
今度は忘れるものか、と思って
風呂場の蛍光灯のスィッチの脇にメモを張った。
2002.10.15
それが契約解除の日である。
7年間、毎日それを見て暮らした。
契約書もなくさないように用意した。
すると、7年間なんの音沙汰もないのに
先方から封書が来た。
よしよし忘れていなかったな、
そばの件はどうするんだ。
彼女は20代の中頃だったから、
いまや30代の後半である。
いい女はいくつになってもいい女である。
震える手で封を切ると、
細かな字が印刷された紙が2枚出てきた。
会社経営が悪化、リストラを断行したが退職金も未払い。
資産は売却、社長は交代、お約束の返却金は支払えない。
という内容である。
約束が違う、手切れ金もなしかい。
裁判を起こせば勝てる内容である。
裁判はやったことがない。
時間と金がかかりそうだ。
電話した。
出るのは決まって男である。
こんどはクレーム対応のプロだった。
低い落ち着いた声で申し訳ありません、と詫びられた。
経営が順調になれば、分割返却の道もある、
いましばらく待っていただけないか、とのことである。
ドレイといえどもコーム員、
寝食に困ってはいない。
(ぱーこ)様は12月返却予定の名簿に載っていますから、
事情が好転すればただちに返却いたします、とのこと。
裁判沙汰にする気力はない。
しぶしぶ今回はあきらめた。
しかしなあ、バブルの頃は蝶よ花よと浮かれていたんだろ、
キミたちは。
オレは毎日夜勤で楽しいことなんか一つもなかったぞ。
それで14年待ったんだ。
文句を飲み込んだ私は
15年ぶりに胃カメラも飲むのである。
今日の一句
百日紅(さるすべり)より手を出す一人百人町 小川双々子
だらだらと命長らえ百日紅 イシマ
毎日こんな事を書いて写真を1枚つけた.
現在のようなブログがなかったので
この写真も1枚1枚アップして、サイトにリンクを書いて作っていた.
10年前も今も時間を仕事に使っているので、
なかなかこの趣味を進められないでいる。
Posted at 20時51分
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