2014年08月11日(月)
夜店 [日記]
今日の一句
あこがれの夜店の口上バナナ売り 浮浪雀
夏休みになった。
今年はいわゆる夏休みの期間が本番なので
このお盆の時期が一般企業並みの夏休み感となる。
夏休みはどこか行きますか?
というのはこの時候のあいさつになっている。
私は毎年返事に困っている。
あいさつだからほどほどの所を答えておけばいいのだが
このあいさつの前提になっている『夏休みはどこかへいくものだ」という常識に
そこはかとない違和感を常におぼえてきた。
夏休み1日目は「帰省」行事となった。
父母既に亡くなって40数年の東京育ちの私に
ふるさとと言える場所はない。
残る血縁の姉二人兄一人が住んでいるさいたまの家が
まあ実家代わりである。
そこへ挨拶かたがた行って来た。
手みやげは桃とわらび餅
実質の用事もあった。
これでほぼ1日つぶれた。
帰宅後轟沈
ネットから
“「地下鉄のバイオリニスト」
一人の男がワシントンDCの地下鉄駅構内に立ってバイオリンを弾き始めた。
1月のある寒い朝 だった。彼はバッハの曲を6曲約45分間演奏した。その時間帯はラッシュアワーで、約1000人がその駅を通った計算だ。ほとんどの人たちは仕事に行くと ころだった。
3分を過ぎた所で、一人の中年の男性が音楽家が演奏していることに気づいた。彼は歩くペースを緩め、数秒間立ち止まったが、 やがて自分の予定に急いで戻って行った。
1分後、バイオリニストは最初の1ドルのチップを受け取った。一人の女性が箱にお金を投げ入れ、 そして止まることなく歩き続けた。
数分後、壁にもたれて彼の音楽を聴く者がいたが、その男性は腕時計を見てまた歩き始めた。彼は明らかに 仕事に遅れていた。
もっとも注意を払ったのは3歳の男の子だった。彼の母親がその子を引っぱって急ごうとしたが、その子は立ち止まってバ イオリニストを見ていた。最後に母親が強く押したので、その子どもは何回も振り返りながら歩き続けた。このような動作が他の何人かの子どもたちによって繰 り返された。親たちは、例外なく、子どもたちを先に急がせた。
その音楽家が演奏した45分間で、わずか6人が立ち止まってしばらくそこに いた。約20人がお金を彼にあげたが、ペースを緩めることなく歩き続けた。彼は32ドル集めた。彼が演奏を終えると、辺りは静かになったが、誰もそのこと に気づかなかった。拍手する者はだれもいず、だれも気づかなかった。
誰も知らなかったが、そのバイオリニストは世界の最も優れた音楽家の 一人であるジョシュア・ベルだった。彼はこれまで書かれたうちで最も難解とされる曲のひとつを演奏した。350万ドルの価値あるバイオリンで。
地 下鉄で演奏する2日前に催されたジョシュア・ベルのボストンでのコンサートは売り切れていた。そのチケットは平均で100ドルだった。
こ れは本当の話だ。地下鉄駅でジョシュア・ベルがお忍びで演奏することを企画したのは、ワシントンポストで、これは人々の認知、テースト(嗜好)、優先順位 についての社会実験のひとつだった。
その企画の概要はこうだった。
ありふれた環境で、都合の悪い時間に、
私たちは美を認 知するか?
足を止めてそれを観賞するか?
予想できない状況でも才能を認知するか?
この経験から得られる結論のひとつはこ うだろう。
世界最高と言われる音楽家のひとりが最高の作曲と言われる曲を演奏するのに、一瞬たりとも立ち止まって聴くことをしないのなら ば、私たちはどれほどのものを見過ごしているだろうか?”
アメリカ人ってこういうの好きだよね。
いわゆるエビデンスってやつだ。
アメリカの心理学の本をみると
こういう例であふれている。
基本的に信頼するものがない世界観なんだと思う.
Posted at 10時02分
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