2014年10月02日(木)
台風 [日記]
今日の一句
台風一過欲しいだけ 浮浪雀
月に一度の数学講座
今回はオイラー標数
多面体の頂点と辺と面の数には関係がある。
V-E+R=2
という関係である。
これは中学校入試にも出てくる問題だから
数学を少しかじった人は知っている。
ところで、図形の問題はその根本的なところで現代数学にあわないところがある。
点は面積のない場所だけのものである。
それは当然見えない。
直線は2点間の最短距離と定義されるが、
その点が見えなければ直線もわからない、ということになる。
図で描くのでわかり易いと言えるが
その性質を厳密に扱うとすると、数学的な手続きが必要である。
そこで
定義1
v0,v1,v2,・・・vk={x∈Rn|x=Σλivi
Σλi=1, λi>0,1,・・・k}と同相なものをk次元単体といい、σkと書きます.
特に次元を指定する必要のないときは、単に単体と言います.
と点集合の定義から始まる。
表記は不完全です.
こんな話を1時間半聞くわけだが、これがけっこう面白い。
終了後昼食買い物がてら地元散策
帰宅後昼寝、別邸整理
この別邸だが、
ひょんなことから確保に至った。
私の住宅事情に今までのことは書いてある。
晩年退職に至ってこの展開は予想しなかった。
まいつも対して予想しているわけじゃない。
隣の空き家同然の土地を買わないか,
と不動産屋が打診に来た。
その前に境界線を確定するから、と
実地検分をやった。
燐家は流行の空き屋である。
年に2回ほど持ち主が来て
窓を開け風を通している.
家は1976(昭和51)年築だからもう38年前の新築である。
その持ち主が不動産屋に売った。
そこに住む予定の親族が亡くなったそうだ。
そうなれば持っていても意味がない。
持ち主は地方で大きな家に住んでいる、と聞く。
買った不動産屋はこの物件を売ってもうけたい。
ところが土地が狭いので、その上に売れるような家を建てることができない。
処分に困った不動産屋が燐家である私ともう一つのお隣であるA氏に声をかけた。
このA氏は私より少し年上の上品なご年配である。
「先生、最近何か見ましたか」玄関先での立ち話。
30年前にここに引っ越して来たとき、手みやげと名刺を持って挨拶回りをした。名刺を見てそれ以来A氏は私をそう呼ぶのであった。
「私はゴジラ見ましたが、恥ずかしくないですかね」
ギャレス・エドワーズ監督作品の最新版のことである。
A氏はもちろん1955年版もその当時に見ているはずだ。
恥ずかしい、という評価でA氏の映画に求めるものがわかる。
私が最近見た中では、パガニーニが良かったです,というと
「どこでやってますか」と聞く。私は新宿武蔵野館でみた。
「新宿はだめだ。お客さんがねえ。映画は銀座がいい.並木座はよかったなあ」
なかなかの文化人である。大学の先生でもやっていたのではないか。
そのA氏は土地購入を打診されて断った.
特に必要がないからとのことだった。
そこで業者は私の所へ声をかけたという訳だった。
定年退職して非常勤でなんとか糊口をしのいでいる私に余力はない。
一端は断った。
そこへ孫が生まれることになった.
娘に取っての実家である我が家はせまく散らかり放題。
出産後しばらくはここへ呼び寄せるか、娘の家に行くか,
ともかく面倒をみなくてはならない。
というかなんとかしないといけない、というのが妻のデフォルトである。
妻は燐家の土地を部分的に購入したらどうか、という案を持っていった。
我が家も狭いので、現状で違法建築である。
俗にいう四八(建ぺい率40%、容積率80%)の土地なので,
もう家の建て増しは出来ない。可能なのはリフォームだけである。
私どもが死んで遺産として譲渡してもこの広さではあまり価値がない.
ほんの少し増えるだけで価値はどんとあがる。
今少し無理しておけば後に価値が出る、というのである。
それも子どもに残すため、である。
先方不動産屋は価値のない中古の家は解体して土地だけにして売りたい、といって来た。全部売りたいというのが先方の希望である。分割では売れない。そこでこの話は止まった。
その時、一応土地家屋を見に行った。隣だからいつも見ているが,中は見たことはない。入ってみると、使ってない家の匂いはするし壁紙ははがれて雨戸や障子は開かなくなっているし、積年の埃がすごかった。だかほかはそれほど痛んでいなようだった。一階は洋間6畳4畳の台所、風呂トイレ、2階は和室6畳4畳半で収納の押し入れはたっぷりある。木造2階建て3Kである。
これを見て私の気持ちが変わった。ここを荷物倉庫と書斎代わりに使えるのでないか。今私がこれを書いているスペースは半畳ほどのLDKの片隅である。ここへ来る前の団地にいた時は3畳の部屋があり本棚を並べていた。その当時買いこんだ専門書がゆうパック50箱ほどになったが、それは廃品業者に金を払って処分してしまった。それ以来本を購入することはあきらめてネットでデータを集めていた。ただ捨てられないものがまだ20箱ほどある。いずれは処分しようと思っているが.それにしてもまずは箱から出してお別れをして(ついでに自分の気持ちの整理もつけて)旅だっていきたいではないか。これはずいぶん贅沢な晩年であるが、そのための現実的な場所にこれはつかえるのではないか。
いくつかやりとりがあった。驚くべきことに、先方は4桁万円ほど値引きして来たのである。私の公務員としての退職金は現在の住まいを購入することで無くなった。その後も65歳まで専任で働いて少しの蓄えがあった、それは葬式の費用や病気になったときの安心のためで手を付けたくないものである。この夏休みは金策で奔走した。といっても付き合いの狭い私であるから、ほんの数カ所打診しただけである。それでなんとか工面して上物つき物件の購入契約までこぎ着けたのだ。
この件についてはまだ書くことはるがそれはまた機会のあった時にする。
昼寝後
ビデオでとってあった、
タイムハンター劇場版を見た.
星3つ。
ま、時間つぶしだった.
今日の引用
"文科省主導の「成果主義」的モデルは、「アンダーアチーブの人間を脅かし、萎縮させる」という効果はあるが、「すでにオーバーアチーブをしている人間をエンカレッジする」効果はない。
だが、教育研究機関においては、「ろくな仕事をしない人間を脅しつけて標準的な仕事をさせる」ことより、「標準をはるかに超えて働く人間にフリーハンドを保証することで、オーバーアチーブメントを上機嫌に継続していただく」ほうが、成果の達成というプラクティカルな観点から言えば、ずっと効率的なのである。" アカデミアと親密性 内田樹
*この人の言説は説得力があると思う.内容も私と同意見のことが多く、それをうまく言うもんだな,と感心しています。
Posted at 07時44分
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