2015年10月18日(日)
ながき夜 [日記]
今日の一句
ながき夜に相も変わらぬバラエティ 浮浪雀
なんだか流れでワークショップ
新しい面捏法の習得初心者コース
参加者は20名弱(うちスタッフが7,8名)
場所は区立の学習センター(アカデミー**なる名称)
講師は新進気鋭の精神科医
1日やって4000円。
そのうちのスタッフさんが業務3関連の関係者
まあそんな外枠で行ってきた。
午前中はずさんな進行と不十分な資料
私には不適当と思われるエクササイズで
参加費は捨てたつもりで帰ろうかと思った。
家でやらなくてはいけない業務がまだまだある。
講師のプレゼンは才気あふれる多彩なもので
アメリカで正規のコースで指導員資格をとっているはずだ。
たしかにカリスマ性はあるが、所詮インチキ野郎じゃないか、と思った。
参加者は家裁の調査官、医師、刑務官、福祉関係者、他
などで、業務上の必要から休日に個人参加の資格で来ている人が多いと思われた。
つまりは意欲あふれる方々であろう。
ところで私は面接は下手だと思っている。
人の話をそのまま聞くことが出来ない。
自分の思惑、立場、相手との関係性に引きつけて聞いている。
だから金を取るような責任のある面接はしないほうがいい、と思っている。
ところが配られた資料を一読すると
資料の中身はほぼわかる。その意図するとこともだいたい当たりがつく。
これはあの辺のことを言っているな、
このエクササイズの目的に対して、ここがたりないのではないか。
ここは説明不足、ここは別のことを言っている、
などと頭の中でツッコミどころの指摘が勝手に始まるのである。
こまったもんだ。
指示されたエクササイズも無理せずクリアー
初対面の相手にはこんな問題があるかもしれない、
と頼まれももせず勝手にアセスメントを始めている。
もちろん同時進行で自分のこともトレース
自分優等生かも。
機会を見つけて文句を言ってやろうと思っていたが、
質問の機会は与えられるが、意見は求めていないようだ。
こういう場では質問の形で意見表明している例が多い。
特に教員関係の研修ではそうだ。
私がそれをするのは避けたいという自尊心がある。
そんなことをあれこれ考えながら過ごすのは疲れる。
昼食休憩になった。
この研修にK氏も来ていた。
金でなんでも解決すると(そうK氏を評価する人を2人知っている)あのK氏である。
メシ行く?この辺はくわしいんだ(どうせ飲み屋関連だ)。和食がいいな、
と言われて牛飯セット500円也を食べることになった。
K氏はうれしそうに、やっとこれが来た、とパスケースを見せてくれた。
都バス都営地下鉄乗り放題のパスである。
納税義務のある人は20500円で1年分使える。
相変わらず二ヤついている。
これで行きたいところはどこでも行ける。
会場に戻っても研修資料そっちのけで都営交通の交通網を調べていた。
ところで、昼休みになったら帰ってやろうと思っていた私に考えの変化が起こった。
この面接初心者研修に出る必要はない。この研修で学ぶことは大体わかるし出来る。
さっさと帰って別業務を片付けたい。何も言わないで帰れば、それなりのプロテストの意志は伝わるだろう。呼んでくれたスタッフ関係者には事情は話せそうだ。
だがすばやく牛丼をたいらげてK氏が終わるのを待っている間に考えが変わった。
せっかく休日に身銭切って来ている研修会にケチをつけて帰るというのは違うのではないか。私の生活を支える収入の半分以上はいまや年金、世の中の仕組みで生かせてもらっているのである。研修に来ている方々(もちろん納税者である)に少しでも恩返しをしなくては申し訳ない。講師、企画はいささかインチキくさいがそれをあれこれあげつらうのは、年金生活者1/2としてはいささか節度にかける。とりあえず参加した人が満足いく研修となるよう私なりに勤めよう。
いわば奉仕の境地に達したのであった。
午後はワークをそれなりにこなし、お相手となった参加者には誠意をもっておだてて楽しませ、会の進行に協力した。
講師のカリスマもあまり気にならなくなった。帰る時にスタッフに挨拶すると後で感想を教えてくださいね、と言われた。
食事寄り道して帰宅
ポストに「神の計画にまちがいはありません」と宗教宣伝のチラシが入っていた。
部屋着に着替えて、家事雑務して風呂のスイッチを入れて沸くまで一休み、と思ったところで轟沈
目覚めると4時半だった。まず轟沈続きで書けなかったこれを手がける←いまここ
Posted at 05時15分
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