2010年08月21日(土)
萩 [日記]
&today今日の一句
北関東追っ手かわして山の萩 浮浪雀
恒例の私学展にて1日営業。
私どものブースにお越しいただいたお客様は21名でした。
顔は知っているが,誰だかわからないお母さんが来て
私の名前を言って話しかけて来た。
名前がまったくわからない。
どういう関係だかもわからない。
相手が「自分のことは絶対私が知っている」感で話しかけてくるので、
話に調子を合わせて適用に相づちをうっていた。
共通の知人の名前が出て、相手との関係が段々と推測できた。
あの分野のこういう関係があったらしい、という所まで行った時、
昔の卒業生の話になったので、隣にいた職場の先輩に話をふると、
この人が自分の名字を言って自己紹介した。二人は初対面である。
それで名字はわかった。下の名前はわからない。
20年ほど前に一緒の場所で勉強していた人だということがわかった。
一通り世間話(共通の知人の消息、現在のあたりさわりのない自分たちの様子)などをして別れた。
それから4時間ほどして、下の名前を思い出した。
今年の夏の鎌倉の研修会に講師として来ていた方なのでその時の配布物を見ればわかる、と思っていた。記憶だけで思い出せたので嬉しかった。
始めはまったくわからなかった。ヒントも思いつかない。わからないとしか言いようがない。そういうときは思い出そうとしても無理なので,ほうっておく。思い出す事をあきらめるのではなく、かといって思い出そうとするのでもなく、いったん括弧にいれて取っておく、という意識の向け方をする。解決しない事をそのままかかえて他の事をする、という感じ。そうすると水の底から泡が浮かび上がってくるように、記憶が現れ、いった現れるとそれはたしかに思い出せなかったものだ、という確信が生じる。この感じがなんとも不思議である。
ある保護者の方の話。
今はもう塾とかいかないと進学できないみたいで回り中がみな行っているので、塾に入れたら目的は進学のはずが当面のテストで点を取ってランクをあげることが目的になってきて、何をしているんだかわからなくなって来た。どんな学校に入りたいか、ということは子どもに良く分からないから、結局は親が判断して学校をきめないといけないワー大変、というようなことを話された。そこには当然費用がかかる。教育もまた、iphoneと同じように自分から必要な事を求めるのではなく、必要だと思わされて教育サービスを買わされるのである。そして私はそのサービスを売る側の仕事をしていることになる。ここでややこしいのは、サービスを受ける人間(児童、生徒)と、サービスを必要だと考える人間(保護者)が別の人だという事情がこの分野に生じる事だ.
てなことを考えつつ、1日業務を終えました.
メガネを地元で受け取る。
視界がいっぺんに変わってよく見える.
またなくしそうだから、もう一個つくるか。
吉祥寺でまんが展(無料)を見た。
地元に関係のあるまんが家の原稿や掲載された昔の本などが展示されていた。
Posted at 01時26分
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.pahko.jp/tb.php?ID=2388
