2014年06月21日(土)
夏至 [日記]
今日の一句
夏至の日の出は一番早くありません 浮浪雀
学習旅行引率最終日
歳月人を待たず
今日はトキの森交流館
まずはえだまめソフトクリームが食べられて何より
たいした事もなく高速船に乗り込んで、東京行きのバスに乗る。
所沢のインター出てからがやや時間がかかるがこれも折り込み済み
残務整理も大してなく撤収
この旅行の最大の眼目は断煙だが、
これも事もなく進む。
タバコを吸いたいと思う事が一度もなかった。
禁煙などいつでも出来る、と豪語していた。
やるまでわからないのがこの手の豪語である。
やってみたら、あっさりできた。
もっともこれは禁煙するのではない、
タバコを吸わない人になればいいのだ。
人格チェンジですね。
これが意外と簡単にいった。
禁煙している人はタバコが吸いたくなるだろうな,
とは思ってもそれは自分の事ではない。
あまりにあっさりいったので、拍子抜けした。
ならばこのままやめればいいのだが、
変に自信がついたので、帰って来てさっそく変身!
もとのタバコを吸う人にチェンジした。
いい加減なものである。
これは一般的になりたつかな、と思っていた。
どうやら違うらしい。
もともと私は解離性障害の傾向がある。
高校生の時はドッペルゲンガーを見た。
掃除のアルバイトしていて、ふと外を見たら
向かいの通りを自分が歩いていた。
特に恐怖感はなかった。
ただ、少し現実感が希薄になった。
浪人時代は離人感があった。
それは苦痛ではなかった。
現実感が薄れてある種の快感があった。
30代で大学生をやっていた時、
講義を聞いていると、自分の右側に人がいて
自分をじっと見ている、という感じがしていた。
そちらをみると誰もいない。
最近では、職場でもう一人誰かいるはずだ,と思う事がある。
今回の佐渡旅行で、教員間で話し合いをしていると、
もう一人いるはずだが、なんでいないのだろう、と思っている。
人数を数えてみると、確かに合っているが、もう一人いるはずだ、と感じている。
これはすべて解離性障害の傾向である。
自分がおかしくなるとあたりが変に見える。
同じように、多重人格者は自分が何人もいるとは思っていない。
周りの人が変な事を言う、と感じるものである。
遺伝的な負因については以前に述べた。
そのケがある近親者がいる。
それでも定年を迎えるまで、なんとかやってこれた。
断煙はわずか4日間だったが、これで少し自信ができた。
4日分の郵便物の整理、洗濯、その他。
ネットから
“「傷付いただけ、人は優しくなれるんだよね?」
「いや、傷付いたら傷付いただけ、やな奴になる奴もいる」
(『天使は瞳を閉じて』鴻上尚史著より抜粋)”
ものはいいよう、ってやつだ。
Posted at 15時05分
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