2006年08月20日(日)
稲妻 [高校演劇]
今日の一句
稲妻や音よりはやい新幹線 浮浪雀
本日の業務は
有楽町国際フォーラムにて
私学説明会なる営業活動である。
8月に入ってから
しばらくつけなかった紺の地味なネクタイつけて
紺のスーツでご出勤。
会場は1時間順番待ちもあったという
大盛況だった。
2日間の来場者は昨年比7000人を超える。
学校の説明をして
できれば入学試験をうけていただく、
というのが本務であるが、
それ以外の余録がけっこうある。
まず他校の様子がわかる。
数少ない知り合いの顔も見える。
同業者先生方の風貌に触れられる。
次に来場したお客さんを見ると
いろいろわかる。
親子はさすがに似ているなあ、とか
会話のようすで、誰が主導権をにぎっているか
うかがえる。
人間観察の絶好の機会となる。
さらに空いた時間に
数学の問題を一題といた。
1,2,3,・・・n のn個の数字から
異なる2個の数字を選んで積をつくる。
そのすべての積の総和を求めよ。
原題はもう少し複雑だから
考え方だけとりだしてなおした。
ずっと業務だったので
昼寝ができなくて疲れました。
そうだ、18日の劇の感想を。
この小屋は以前に一度
来た事がある。
やはり関係者からおよばれして来た。
熱意と観念性の芝居だった。
そういうものはそれほど見たくないので、
知り合いの顔を金を払って見に行く
という経験だった。
「マッチ売りの少女たちに」
の感想には
「ジブリのゲド戦記を見た時と
同じような感じ」と書いた。
この劇団はすでにこれで2作目で
あと2作ほど上演予定があるようだ。
小屋で芝居を打つのは結構大変である。
それを継続させている企画力はたいしたものだ。
関係者が多いとはいえ、
80ほどの席が満席という集客力。
立派なものである。
話はよくわからなかった。
なんでも有名作品の2番煎じと宣言しているが
元ネタをよくしらない身にとってはどうでもいい。
育ちのいい散文詩といった世界観は
なかなかおしゃれで悪くない。
ただそれがお芝居として
示されていない、と思いました。
オリジナリティはすぐわかる。
主宰者の以前の芝居を見ていたので
用語回しの懐かしい匂いは同じだった。
同じだとすぐわかるところが
オリジナリティである。
やはり、謎の提示と
解決のカタルシスという
劇の定番を踏んだものが見たかった。
マッチを摺ってのオープニングから
中幕落ちのエンディングまで
構成は十分、劇らしいけど
内容がよくわからない。
役者は夫婦2名が抜群に面白かった。
夫役のテンションが私には心地よい。
妊婦役もどうどう軽くこなしていて
けっこうでした。
エンディング近くのこの2人の
後ろ姿にはリアリティがあった。
つまりはこういう「幸せな」両親の後ろ姿を見て
育った人が作った芝居である。
とまあそんな印象を持った。
私を呼んでくれた役者の演技は
可もなし不可もなしで
どうもまだ自分の位置と活躍する場を
得ていない印象がある。
高校演劇なら、大変だったね、
がんばったね、といちおうねぎらうところだが、
私が金払ってみたいと思うものではなかった。
この3月のG先生異動記念芝居のほうが良かった。
日曜朝の談志の芸論議によると、
古典落語はやることがきまっていて
そのなかにいかに演者のキャラクターを
入れていくかが勝負、ということだ。
それを引用すれば、
役者のキャラクターを入れる入れ物が
しっかりしていないし
役者のキャラクターも
立っているとは思えない。
彼の2代上の部活の部長だった男に
この前あった。
現役時代は地道に真面目だったが
役者として華がない、
そんな感じの彼は
卒業して演劇関係の専門学校にいった。
やさぐれ軍団の演劇部で
そういう「まともな」進路を選ぶものは少ない。
その専門学校の卒業公演を見に行った。
端役で出ていたが存在感は薄かった。
5年ほどして会ってみると
今はスポーツクラブのトレーナーをしているという。
高校時代に始めたボディビルで鍛えた肉体を武器に
立派に社会人をしていた。
その先輩のことを思い出した。
今の時代は
個性を生かせ、とか
自分の夢を実現させろ、とか
無責任に人を乗せようとする風潮があって
生き方を選ぶのは大変らしい。
個性がなくても
夢がなくても
世の中の役にたっているのが
立派なことです。
よろしくお願いします。
まあ、そんなわけで
「ジブリのゲド戦記」と
似た印象ということになる。
お疲れさまでした。
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