2007年08月25日(土)
秋の蝶
今日の一句
秋の蝶崖っぷちまでいい感じ 浮浪雀
夏休みもあと1週間となった。
するべき課題はいくつかあるが
なんだか気乗りせず、このブログを
読み返した。
昨年は9月10月と難題が片付かず
仕事に追われていた。
その記憶がどこかにあって
試験の作問を20日からの3日間で
下書きだけでもしておこう、と思っていた。
結局果たせなかった。
その根拠は昨年の反省にあったわけだ。
2年前はリフォーム対応に追われた夏休みだった。
ずいぶん昔の事のように思える。
3年前は前の職場の記録になる。
「伝言日誌」がこのブログの形になったのは
2004年9月8日からだった。
それまでは、
写真の入らないテキストだけの形式だった。
写真は別ページを作ってリンクを張った。
作るのに時間がかかった。
これを導入したおかげで
所要時間が1/2になった、と
当時の記録にある。
以来2004年9月23日をのぞいて
連日の更新を重ねた。
こういう内容に意味のないブログは
ただ毎日続ける、ということに
大きな意味がある。
毎日聖地に向かって日に3度
欠かさず祈りを捧げる、
そんな宗教的強迫行為とでも
いいたい感じがする。
昨日から、ぱーこ食含めて
このサイトもおわりにするか、
と漠然と考えた。
あいまいな疲れで自分がとりとめなくなっていた。
特に大きな苦痛はないが
何もすることがないような
変な気分だ。
ソファに体を投げ出して
外の空を見る。
その空が40年前の浪人時代と
同じ空のように思えた。
結局はまたそこへもどってくるのか。
今は現実的な受験の重圧はないが、
なにか果たすべき課題があって
それがいつまでも片付かない。
とりとめなくうつろな自分に
形を与えるために
自分にはしなくてはならないことがある、
と思っているのかもしれない。
気がつくと寝ていた。
起きても相変わらずだった。
ことしの夏休みは
筆者A氏
40年来の友人A
と恒例の会合がない。
へこみん氏との例会は
9月に順延されることになった。
毎年同じようでも
こうやって少しずつ
変わっていくんだ。
この夏のテーマは
人生のまとめと撤退
40年ぶりの学生村は
事実関係の誤認で
再度確認する必要があることになった。
30代にライフワークと思っていた
相談関係の勉強を振り返ってみた。
教師かカウンセラーか
そんな疑問がいつもついてまわった。
先日講師として話をするとき、
その答えがでたように思う。
私はカウンセリングおたくなのだった。
そう思うとだいぶ整理される。
27歳で教員になって以来
一度も教員をやめたことはない。
生活はその教員の給料で支えていた。
カウンセリングは私の場合
結局趣味の域をでていない。
そういうことだ。
夜ニュースを見ようとTVをつけたら
知った顔が出ていた。
昨日講師控え室であった
もと同僚のKさんである。
驚いた。
2時間の特別番組だった。
ずいぶん偉い人になったような気がする。
TVでもKさんはいつものままだった。
昨年からの課題である
この30代の書籍の整理が
まだ残っている。
ゆうパック53個を置かしてもらっている方に
メール送ったが、返事がない。
次は電話してみるか。
移動先はこの7月に確保した。
休み中に処理するつもりだったが
9月にずれこむ可能性が高い。
そんな引きこもり気分満載で
1日過ごした。
それでも昔の自分の記録を見ると
とりとめない空虚な自分の形が
それなりにおさまって
やることがあるような
それができるような
気になってきた。
夕方、三鷹方面に出る。
人間は立って歩かないといけない、
と思った。
そうすると脳がいくぶんはっきりするように
思われた。
1日部屋にいて座ったり寝たりしたままだと
どんどん世界が遠のいて行く。
結局片付けにも取りかからず
とりとめなさにつきあっただけで
夏休みの最後の1日が終わった。
Posted at 00時58分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.pahko.jp/tb.php?ID=1261