2014年05月01日(木)
五月晴 [日記]
今日の一句
世の喧噪遠くに見たし五月晴 浮浪雀
朝からトラブル続き
月に一度のネット業務がうまくいかない。
管理者とのメールのやり取りに齟齬を生じている。
上手く行かない時は、基本に戻って確認するのが原則だが,
それをする余裕がない。
この業務は毎回、もうやめてやる、と思う.
しばらくすると反省して、仕方ないもう少しつき合ってみるか,と思う.
そして次の時期が来ると、また基本を忘れる。
そのことが繰り返されると自分が度し難いバカだと思える。
そんな機会を自分から求めていくのがおかしい。
何度かそう思っている。
まだしばらくやるつもり。
ieの不具合
内容的に大したことは起こらない、と思う.
むしろ対策をしていない、とわかった時に起こる風評被害が大きい。
実態とはなれたことが力を持っているのがこのネット世界である。
そういう曖昧無責任な世間とつき合っている都合上、しぶしぶ作業に入る.
メールを配信し、しばらくして訂正メールを出す。
時間が来たので作業を切り上げて、出勤すると電車が遅延
今日は開校記念日、5月のこの気候のごミサである。
始めはミサに参加するつもりだったが、
ie対応をやっているうちに機会を逸した。
明日は歯医者の日だが、それを見越したように
差し歯が外れかかっている。
これも不具合の一つ。
今日の本業は引っ越し業務。
リヤカー引いたカールのおじさんになり
何往復かした。
それには暑すぎる夏日気温
撤収場所はきれいになったが
到着場所の片付けが終わらない.
私はスタッフルーム担当だが,
最初のネット接続でいきづまる.
確認にいったら、プロバイダの契約がまだしていない、とのこと。
しかもそれは、私が自分でやる、と言ったという.
そういえば、そんなことを言った記憶がある。
契約しないものが、つながる訳がない。
それを忘れていて、技術的な所を攻めていた。
契約する際には、アカウント、パスワードが必要。
もう6年前の話である.
パソコンには大抵記録されているが、
当時のパソコンはもう使っていない。
ネットの契約をネットを通してやるのには無理がある。
電話すると、アカウント情報が必要だと言われる。
それがわからないから電話してるんだろ!と逆切れしそうになるが、
相手の言う事がまったく正しい.
しかも契約関係のアカウントだから、いつも使っているとは違うものだ。
最近セキュリティが固くなって来て、アカウントが幾つも出来る。
自分の記憶をたどり、過去の記録ノートを見て、
結局領収書請求書にあるアカウントが必要だとわかる。
それを取りに事務に行くと、当然事務は閉まっている。
あっ、iphoneでテザリング接続の方法があるな、と思いつき
なんとか契約サイトにたどり着くと、
当然そこにもアカウント情報の要求がまっている。
やめた
+0.7撤収で切り上げようとするときに
恒例のリーマン例会のお誘いがある.
行くでしょ.
実質的な会話もし、テンション的なやりとりもして撤収する。
帰宅後、月一業務の続きをやるが、うまくいかない。
管理者に報告して轟沈。
朝起きたら、対応策のメール返事が来ていた。
それで一応最低限の勤めは果たしたが、
不満足な出来だった。
引っ越し業務と残務のため今日も出勤だな.
今週は週5連続出勤になる。
やっと毎日が飛び石連休の日々が来たと思ったのもつかの間,
連休になって連続出勤とは世間と間逆だね.
私らしくていいか
チース!!!
ネットから
“昭和16年初め、東京・帝国ホテル。 当時の料理長、石渡文治郎が、部下の若手コック13名に指示を下した。 「調理場の銅鍋を集め、隠せ」。 日露戦争を経験していた石渡文治郎、このまま戦争が激化すれば、 鉄や銅製品はいずれ没収されることになり、 料理人の魂ともいうべき銅鍋も、必ず取られることを予見していたのである。 隠し場所は帝国ホテルからやや離れた、直営レストラン「リッツ」の地下二階。 大八車に銅鍋を積み、菰をかぶせて荒縄で縛り、 裏道を通るとかえって怪しまれるとばかり、日比谷の表通りを経由して丸の内警察署の横を通り、 500個以上の銅鍋のこと、一度運ぶのに20分を毎日、それが一週間以上続いたのだが、 堂々と運んだのが功を奏したのか、一度も見咎められることはなかった。 作業が一段落してしばらくすると、案の定、政府から8月30日に「特別金属回収運動」が発令され、 やがて調理場に残されていた鍋は、ほとんどが献納されてしまった。 「帝国ホテルが鍋を献納」が、新聞に大きく扱われた一方で、 石渡料理長が部下たちに、堅く口止めをしたのは当然の成り行きであった。 太平洋戦争が開戦になると、作業にあたった若手コック13名はことごとく召集され、 うち10名が戦死、終戦後、帝国ホテルに帰ってきたのはわずかに3名。 その3名も、戦後の混乱の中、隠した銅鍋のことはすっかり忘れてしまっていたが、 やがて古株のコックから「戦前に使っていた銅鍋がどこかにあるはずだ」という話が出た。 では一度確かめよう、ということになり、調べにいくと、 隠したそのままの状態で眠っていた銅鍋が発見されたのが、昭和29年。 13年間眠っていた銅鍋は、今もなお、帝国ホテルの調理場で使われている。”
事実の重みだね.
仕事はすべからくこうありたいものだ。
Posted at 07時49分
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