2014年05月15日(木)
五月 [日記]
今日の一句
いつまでも五月いい加減にしろ 浮浪雀
片付けはとりあえず散らかっているものを
袋に詰めて当面はしのぐ事にする.
3ヶ月ほどまるで仕事がない時でないと無理.
今日はflowとstockということを考えた.
いつも片付いている状態にするには
flowをシステム化する。
問題はstockだが、これは当面必要のない者だから
ばっさり捨ててもいいはずだ。
よく1年使わなければ捨てていい,という。
これはstockというよりもflowの期間が1年というだけのことだ。
しかしstockのない生活ほど味気ないことはない。
山梨県にイモリ沼というところがある。
もちろん勝手に命名した.
何の変哲もない池だが、その一部に直径1mほどの水たまりがある.
一見水たまりだが,実は相当深い。
ここにイモリがうじゃうじゃいるのである.
きっと底の方に有機物がどっちゃりと沈んでいるのだ.
ここに水が流れ込んでいる。
水面の高さが変らないので、入った分だけ出ている事になる.
表面はflowのバランスが取れている。
表面近くはいつもきれいなわけだ。
しかし底の方は暗く淀んでいる。
これがstockで無意識という概念は案外こんな所から来たのかもしれない。
これを全て埋め立てても表面は変らないから、それでいいように思える。
しかしイモリは1匹もいなくなってしまうだろう.
これを本棚に応用すると、半分ほどは当面見ない本である。
それをブックエンドで押さえておく。
隙間の空間にflowの本を置く.
こちらは読み終わったらどんどん変えてしまう。
問題はこのブックエンドを置く位置である。
flowとstockのバランスを考えないといけない.
まあこれも自然と納まっているのがよい。
そんな事を考えながら、とりあえず床面が大分見えて来た.
今日は養殖出勤
事務室ー小学校ーマリア館ー中高
となんども往復して、とりあえず当面の最低限やらなくてはならないことは
なんとか形を付けた.
相談室のK氏のメール設定
2週間先の習字講座の配布プリント
英語教室の始まり終わりの様子見
出勤簿整理
ぶん回しほとんどなし。
今日も養殖業務で明け暮れた.
時間があるのでコナン君のアニメ見る
★3つ。突っ込み所満載だが、まあこんなものでしょ。,
ベトナム料理食べて撤収。
ネットから
“昔在日米空軍で、垂直尾翼に四字熟語を書くのがCOOLだと
流行したことがある。
そして、それを見た自衛官達が突っ込むに突っ込めなかったTOP3は
第三位 尊皇攘夷
第二位 鬼畜米英
第一位 公衆便所”
じわじわ来るね.
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2014年05月14日(水)
苗床 [日記]
今日の一句
放課後クラブは児童の苗床 浮浪雀
ネット業務メール業務こなして
片付け進まず。
今日は連絡調整
クラス名簿作り
で気がついたら6時だった
これで2度ミサに行けなかった。
今日が目の前の業務に没頭しているうちに
機会を逸した。
日常の決まりきったルーチンワークがまだ出来ていない.
結局+0.2撤収
途中下車してガッツリラーメンライス
塩分を炭水化物で薄めてもろくな事にはならない
わかっちゃいるけどやめられない、っと。
帰宅轟沈目が覚めたたTVは爆問やっていた。
ネットから
"ライブハウスのオーナーが撤収後に毎回アドバイスをくれるのだが、
その日は僕のことだけを呼び出して、こういったのだ。
「誰も君のことなんか見てない。」
なんだか僕は衝撃的な一言を言われた気がして、何も言葉を返せなかった。
お客さんは僕らバンドを見てくれている、フロントマンである僕も同様に見てくれている。
でも、君のことなんて見てないってどういう意味だろう。
頭がぐるんぐるんと回り出して、数日間そのことだけを考え続けた。
で、答えも出ぬまま、次のライブが迫った前日にこう思った。
(誰も僕のことを見ていないなら、もう自由にやってしまおう)
ライブではもう誰も見ていない、いつもとは違う等身大な自分でライブをした。
MCも別にしゃべらない。曲名もいわずに始める。なんだか物凄い解放された気分だった。
何よりお客さん一人一人が僕らの目を見て体を動かしてくれていた。
そのときの皆の表情を今でも僕は覚えている。100の目が僕らと通じている感じ。
これが初めて自分たちの表現が繋がった瞬間だと思った。
今まで「見られてる」なんていうどうでもいい意識が何かを演じさせていたのだと気付いた瞬間だった。
それを踏まえて、僕にアドバイスをくれた一言は、本当の表現ってものが何かを教えてくれる大きな一言だった。
この言葉を今でも大事に持ち歩いている。“
いい話だ。
自意識の無限ループから逃れるには
ともかく人前に自分をさらすしかない。
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2014年05月13日(火)
卯浪 [日記]
今日の一句
戦後より九十九里浜卯浪あり 浮浪雀
片付けじわじわ進行中
なんとか先は見えているが,
いま一つ作業にかかれないうちに
あれこれ余分な事をやっているうちに
時間が過ぎる。
試験前になるとどうでもいい小説を読んでしまう、というアレだ。
メール返事など。
今日は休みの日だが、必要があり出勤
第一回の講座対応
なんとか先が見えた所で撤収
地元で食事
今日も轟沈
夜中に起きる。
録画したキングダムを見たが。
新シリーズかと思ったら
もう見たやつだった。
NHKも紛らわしい事やめてほしい。
ネットから
"「変身」は極めて日本的な現象だと言われる[1]。アメリカン・コミックスの『スパイダーマン』『バットマン』も奇抜な服装で活躍しているが、それらは日本での「変身」ではなく、どちらかと言えば身元を隠すためのものである[2]。
それに対し日本のヒーローが行うような、敵の目の前でポーズを取る変身は、仮面と素顔の使い分けではなく「見栄」としての色彩が濃い。これは変身ブームを巻き起こした『仮面ライダー』などの特撮作品が時代劇の流れを汲んでいることに起因する。時代劇では「忍者が使用する術の名前を宣言して、わざわざ敵に攻撃手段を教える」「侍が悪人をすぐに仕留めず、高らかに登場して相手が気づくのを待つ」といった合理性よりも視聴者への印象づけに重きを置く演出がなされることがあり、変身もそのひとつと考えられる[3]。
異装の超人の活躍を楽しむという趣向は同じにもかかわらず、日本のヒーローがアメコミヒーローほど全世界規模で受容されない理由のひとつは、この変身という概念が障害になっているからだとも言われている[2]。”
見せ物の文化が成熟しているからだろう。
西洋のオペラ→ミュージカルもその流れと思われる.
とすれば、ミュージカルの極地が3Dアニメであってもおかしくない。
レ・ミゼラブルの実写版とアナと雪の王女のオープニングの類似を見れば
そう考えてもおかしくない。
ヒーローものの変身は歌舞伎でしょう。
ゴジラ第一作だって、ちゃんと見栄きっている。
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2014年05月12日(月)
田植え [日記]
今日の一句
腰まげて田植えのような社交術 浮浪雀
職場の片付けが済まないので,
午前中から出勤する。
やったのは片付けでなく蛍光灯の取り付けだった。
グローランプが思いの外、劣化していた。
原因は常に思いかけない所にある。
片付けに使ったのはほんの10分だった。
もちろん終わらない。
大好きな給食今日は親子丼
みそ汁でなくヨーグルトがつくところもイイ感じよ。
KIDS業務まずは打ち合わせ
それから相談業務に移る.
なんだか雑談面接になる。
事態は深刻だがこの面接で笑いが取れればいいだろう。
最後に少し受けた
芸人カウンセリングてなジャンルがあるのではないか。
その後記録メール業務をこなして
新天地でぶん回し業務
ゾンビも復活
終わりの打ち合わせをして撤収+0.2
職場駅でラーメン
腕組みしている写真のあるガッツリ系
どのみちインチキ野郎の商売である.
まあ、ほどほどで+3
帰宅したらカオス片付け未了の物品を前に轟沈
目が覚めたら朝だった。
断捨離メールマガジンにはリンクがついている
youtubeばりの動画やら、MP3の音声ファイル
断捨離主宰者の肉声が聞ける。
これが結構長くて30分ほどある.
グループワークもある認知行動療法のより健康度の高い人向けの商売
いずれはインチキ野郎だが、こういういかがわしいのは大好きだし
当方も相当いかがわしいのでしばらくおつき合いする事にする。
ネットから
"私たちの親友に、すごい人います。私たちがさしあげたスナップ写真は、一目見て、ゴミ箱へです。唖然、茫然、そこまでやるか〜です。だれからもらっても同じにしているそうです。彼女の卒業アルバムがどうなっているのかわかりませんので聞いてみます。"
断捨離関連の書き込みから。
やりますねえ。って感じ。
気をつけないとメーワク野郎になるかな。
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2014年05月11日(日)
母の日 [日記]
今日の一句
母いない母の日43年目 浮浪雀
いちおう、ぼくらの時代
お笑いの人はネタの繰り出し方で決まる。
つまるところネタだから後に残らない。
片付けに手がつかないと、このブログを読んでしまう.
10年前のを読み帰したが、相変らずなかなか面白い。
書いた自分が一番楽しんでいれば世話はない。
まず当面必要なものを開けたスペースに入れていくと
直ぐに作業がいきずまる。
次は捨てるものだが、これもすぐにわかるものは少ない。
2と3の間がカオス
これを眺めて腕組みして数日たった。
断捨離の宣伝があったので、メールマガジン申し込んでみた。
なんか怪しいがまあヒントにはなるだろう。
そのうち、世の中に出回っているものは手元に置く必要がない、
と考えることにした。
今やAMAZON、YAHOOがある。
いつか読むと思っていつまでたっても読まない。
どうしても必要になれば、なんとかして手に入れるだろう.
手に入らなければあきらめるだけだ.
そう思うと捨てるものがどんどん増える.
残ったのは、手書きのノート類である.
40年前に始めてお見合いをして断った時の手紙の下書き、とか
まあ、ようせい確認 よかった
といったものである。
私のはこんなのです。
それでなんとか方針が決まったので、安心してまた自分のブログ読んだ.
コンビニおにぎり昼食後昼寝して、少し片付けて歩くために地元外出
時間が合ったので
Last BAUSでブルージャスミンを見た
★4つ。
なかなかツラい話で、ある意味身につまされる映画である。どう収めるかと思ってみていくと、なるほどこう来るか、って感じ。ウッディアレンの円熟ってやつだ。結局アメリカ人は真面目だから逃げ場がないね.なかなかの佳作でした。
また歩き帰宅。
ネットから
“リンゴはほかのメンバーは仲良しで自分だけが疎外されてると感じ、ジョンの家へ出向き、「君らは仲良しで僕はのけ者だし、プレイも良くないから辞める」と伝えた。するとジョンは「仲が良いのは君ら3人だよ」と答えた。リンゴはその後、ポールの家へ行き同じように伝えると、ポールも「仲が良いのは君らだろ?」と返事をした。”
いい話だ。
結局リンゴスターがみんなを結びつけていたんだよね。
Posted at 22時06分 パーマリンク
2014年05月10日(土)
蟻地獄 [日記]
今日の一句
底辺の待つ身は楽し蟻地獄 浮浪雀
1日片付け
と称して昔のあれこれを眺めて暮らした。
食事に外へ出たくらい
1967,68,69とこれまた昔の歌謡曲をかけた
片付けはまったく進まない
ネットから
“何かを変えようとするとき、人が動いてくれない理由には、大きく分けて4つあることを学びました。
1つめは「知らない」という理由。 そもそも、なぜ改革が必要なのか知らないのです。 私は別の学校にいて外から本校を見ていましたが、内部にいると自分のことはわからないものです。 そこで、一緒に外に出かけて、危機感や改革の必要性を共有していきました。
2つめは「怖い」という理由。 子どもの安全を守る使命のある学校は、保守的になりがちです。失敗して責任を取るのが怖いという気持ちはどうしても起こります。 しかし私は、「やるリスク」より「やらないリスク」のほうがずっと大きいと感じています。 子どもの羽ばたく社会はどんどん変化していきますから。 そこで、何を怖いと思っているのかを聞いて、その「怖い絵」を一緒に見て解決方法を考えました。
3つめは「面倒くさい」という理由。 改革とは、いままでと違うことをするということ。その手間に目がいくと、面倒くさくなってしまいます。そんなとき、人は「プロセス」を見ています。 そこで私は、「もし、うまくいったら生徒はどうかな」と、成果に目が行くような声がけで、ゴールイメージを共有するようにしました。
最後は「その人のことが嫌い」という理由。 嫌いな人の言うことは、内容がどうあれ、反対したいのが人間の心理。私はこれで大失敗しました。 他校からやってきた若い教員という立場を忘れ、それまでの事情もわかっていないのに生意気な発言をしてしまったのです。 人間関係の修復には、多大な時間がかかります。 改革においては、決して過去を否定してはいけないということを学びました。”
改革は大変だ
量の条件から言えば
回りを変えるより
自分を変える方が何倍も楽だ.
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2014年05月09日(金)
新緑 [日記]
今日の一句
新緑やものみな眠る午後3時 浮浪雀
KIDS業務
こちらの片付けもすすまず
今日は新しく始める講座の見学
ぶんまわしなし
ゾンビ少々
打ち合わせに時間がかかり
結局+0.8撤収
ネットから
”ザ・ドリフターズ(ドリフターズ)
1964年結成。ハードコア・ダブ・ユニットの先駆けとして60年代後半のアンダーグラウンドシーンを席巻。
1967年、方向性の違いからリーダーIkariaとギタリストYasushiOnoが対立。
Yasushiは当初メンバーだったG-Yoshidaらを引き抜き「ドンキーカルテット」を結成。
Ikariaは残ったChar(Dr.)、他バンドに在籍中のCo-G(G.)、Chu-Arai(Key.)、Boo(G.)らを誘い「ドリフターズ」 としてユニットを再編。
69年にはビートルズの前座を務めるなど華々しい躍進を遂げ、72年のアルバム「Gather 8:00」、翌年の「Zoom-Doco Songs」でその地位を不動のものとした。
その一方で、以前からフロア志向を公言し、シカゴハウス・ムーブメントに強い関心を寄せていたChuがユニットから離れ、代替メンバーとしてDJ.Ken が起用される。
77年にはブリット・プログレッシブを強く意識した問題作「Die Back Show」を発表、以後レイブを中心に活動。
84年の東京レイブは、停電による暗闇の中での五時間に及ぶアンプラグド・インスト演奏で伝説のアクトとなった。
1985年、Ikariaは「全てをやり尽くした」と言い残しユニットの活動を一時停止。
以降は散発的にユニットとしての活動を続けながら、それぞれのソロ活動が目立つようになる。
DJ.KenとCharは「Cut&Ken」を結成、日本におけるノイズシーンを牽引。
ハワイアン・フォーク・サウンドに強く傾倒していたBooはCo-Gと共にアンプラグド作品を幾つか発表した。
リーダーIkariaは俳優業に転じ銀幕の舞台で活躍。
ハリウッド進出も果たし今後の活躍を期待されていたが、2004年に癌により死去。
ジャパニーズ・アンダーグラウンドの帝王と呼ばれた巨匠の死とともに、ドリフターズの40年の歴史にピリオドが打たれた“
こういうのもいいよね。
わからないと全然わからない
Posted at 01時07分 パーマリンク
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