2014年05月30日(金)
草矢 [日記]
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HPはやはりワンクリック忘れていた。
夏休み出勤票を作る。
相談室は天使の楽園
今日は外ゾンビ
いや暑かった。
ネットから
“現在の奨学金は本質的に「学生ローン」であり、その根本にあるのは、「教育の受益者は学生自身(および保護者たち)である」という信憑である。
人間が教育を受けるのは、「自己利益を増大させるためである」という考え方そのものが現代教育を損なっているということについては、これまでも繰り返し書いてきた。
しつこいようだが、これが常識に登録されるまで、私は同じ主張を繰り返す。
教育の受益者は本人ではない。
直接的に教育から利益を引き出すのは、学校制度を有している社会集団全体である。
共同体の存続のためには、成員たちを知性的・情緒的にある成熟レベルに導く制度が存在しなければならない。
それは共同体が生き延びるために必須のものである。
だから、子どもたちを教育する。
いくらいやがっても教育する。
文字が読めない、四則の計算ができない、外国語がわからない、集団行動ができない、規則に従うことができない、ただ自分の欲望に従って、自己利益の追求だけのために行動するような人間たちが社会の一定数を越えたら、その社会集団は崩壊する。
だから「義務教育」なのだ。
ほとんどの子どもたちは「義務教育」という言葉を誤解しているが、子どもには教育を受ける義務などない。大人たちに「子女に教育を受けさせる義務」が課せられているのである。
それは子女に教育を受けさせることから直接受益するのは「大人たち」、すなわち社会集団全体だからである。
社会集団には成熟したフルメンバーが継続的に供給される必要がある。
学校は畢竟そのためのものである。”
基本的に同じ考えだね.
だから税金をかける訳だ。
公立学校にいた時、クレームは教育委員会から来た.
それは管理職を通して間接的に伝わった。
私立学校に移ったらクレームは保護者から来る。
調節来る場合もあるし、管理職経由から来る。
子供を教育するのは親の希望(うちの子だけをちゃんとしてほしい)
を満たすため(だけ)ではない。
子供が社会生活を営めるようにするためにある.
学校は親から子供を教育をする権限を委嘱されて、
親の替わりに子供を教育するわけだ。
だから保護者は、よろしくお願いします、といわなければならない。
教員は親から委嘱を受けて、子供相手の業務をするわけである。
外側の理屈はそうだけど、現実に相対しているとこの辺が微妙。
この理屈では、教員は親の言う事も、まして子供の言う個も聞かなくていい。
世の中のいうことを聞いていればいい.
だから教員に取って、一番大事なのは社会での評判ということになる。
もう、しゃらくさい。
お前たち、ゾンビになるか。
Posted at 22時00分
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