2014年11月23日(日)
寒鮒 [日記]
今日の一句
寒鮒バケツにバス乗り継いで 浮浪雀
昨日からの続き
私はなぜこんなに新郎Mに肩入れしているのだ。 新郎Mは中学時代に父親を亡くし、女手一つで育ててくれた母を亡くし、いわば何の後ろだてもなく一人でここまでやってきたのだ、と思った途端 私もまた後ろだてなくやってきた、と思っていたことを思い出した。 小学校3年生から寝たきりの母を22歳の時に亡くし、その1年前に父を亡くし、進学も就職も結婚もすべて一人で決めてきた、と思っている。ここに参列したY校関係者は事情こそ違えおそらく同じような思いのはずだ。そんなこともあって私は勝手にMに思い入れているのだ、と気がついた。いままでずっと自分と同じサイドにいたと思っていたMが不意に遠くなった気がした。そういうことなのか。ならばこれ以上私の勝手な思い込みをMに押し付けるわけにいかない。だが裏切られたという勝手な思い込みと幸せそうな二人の現実が私の中でうまく折り合いがつかず私はやはり釈然としなかった。いくら時間が押しているとはいえ、挨拶もせずに会場を立ち去ったのにはそんな私の気持ちが反映していたのではなかったか。不発に終わった高校部活時代の顧問としたネタは次のようなものだった。彼は始め壊し屋として私の前に姿を現した。理科準備室の備品を壊し地区大会本番でドアを壊し(乱暴をするのと乱暴に演じるのは違うと審査員に言われ)数々の物品を壊し続けてきた。その巨像のような体で。次に彼はいじり屋だった。教師をいじり倒し(ここで爆弾教員マッキーの登場となる)周りの友人をいじりまくった。愛の反対語は無関心である。周囲に打ち解けず自分の中にこもって人間関係がうまく結べない奴は許しておけない。最大の敬意を持って関心を表現しなければならない。これが彼のいじりである。我々普通のインチキ野郎はそういう孤独な人間に対して、その傲慢な核心的な弱点にふれずに、君もいいとこあるじゃない、という善意の(時には善意を装った無関心の)表現で接する。これがインチキ野郎である。彼の接触方法は正反対のものだった。いわばその弱点そのものに直接アプローチするのである。君って友達いないよね。そんなに口をひんまげてちゃ友達できなないよなね。実際彼がそう言ったということではない。そういう近づき方なのだ。その無礼極まりない心優しい勧誘を受けて彼の周りに、あるいは演劇部に人が集まってきたのだ。そのことを一番理解していたのが部活創設顧問のM嬢である(ここで登場)無礼極まりない心優しいメーワク野郎のいじり屋として。そのあと彼は学費をアルバイトで貯め鍼灸の専門学校へ入学する。いわば人を治す仕事に入ったのだ。彼の第3ステージは治し屋ということになる。私たちの隣に座った彼の専門学校時代の後輩が「M先生は」と彼のことを話しているのを聞いた。そうか、Mはすでに先生と呼ばれる身分なのだ。意外だったがすぐにそれも当然と思われた。彼が壊し屋として私の目に登場してから20年が経っていた。私が知っているのはその始めのほんの3、4年だけなのだ。ここで私はさびしい気持ちに襲われる。そうか、私は勝手にMを自分の味方だと思っていたのだ。Mが自分と同じ苦労をしていると考える根拠はもう一つあった。それは新婦が呼んだseisen familyと座席表に書かれている友人たちが育ってきたカトリックミッションと同じ文化的環境を持つ職場に私はここ10年過ごしてきたのだ。勝手にやれ、という学校。から勝手にやるな、という学校に。同じ教師という立場で移ってはじめに私を襲ったのは失明が危ぶまれる眼病である。もうものを見なくていいよ、といいうことなのか。幸い病は進行することなく現在に至る。同じような苦労をMは背負ってしまうのではないだろうか。そんな自分勝手な危惧。
そして最後の第4ステージでは、今度はM自身が癒されや屋として幸せな結婚生活を送って欲しいという私の願い。(そこには当然この私がそれを見て癒されたいという思いが反映している)癒されるなんてそんなインチキな言葉を軽々しく使いたくない、そう思っているからこそ、軽々しく使わなければならないという屈折を抱えて口ごもりつつ。
そんなネタだった。卒業式パジャマ事件。お月様へようこそ本番テキーラ本物ウィスキー事件。ここに参列している悪友たちとの数々の悪行イタヅラ三昧、それらは、みな彼の心優しい逆説に満ち満ちている。
ここでタイムアップ
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