ぱーこシティ

2010年03月27日(土)

種袋 [晩年]

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通学路

今日の一句
いただいて処分に困る種袋 浮浪雀

アレグラが効かないので
薬を変えてもらいに朝から通院。
アレロックになるかと思ったら
ベタセレミンとネオマレルミンをくれた。
アレコロリというのが効くそうだが本当か。

西友・ヨドバシとお決まりのコースで
朝から買い物。ロンロンがこの3月末で終わってしまうので
あちこちに最後の大売り出しと書いてある。

やっとデジカメ写真を処理してブログを更新
しなくてはいけない原稿の訂正もそのままに
午後は花見例会。

板橋から飛鳥山まで、廃校になった母校を入れての川沿いのコース
コンビニで酒つまみを仕入れ、最後は居酒屋で乾杯。
所用5時間会費2000円の同窓会である。
この寒さで人出は少なく、花は4分5分といったところだが
なかなか楽しかった。
私は連日の例会にも関わらず、異様なテンションの盛り上がりで
ほぼ1年分のテンションを使い果たした気がした。
悪ノリして中学時代の友人KATOの家まで押し掛けたが
あたりはすっかり変わっていた。
傾いていた彼の家も立て替えのアパートになっていて、
20世紀から21世紀にきたタイムトラベラーになった気分。
50年たっているので当然である。

この集まりは昨年の夏から参加している。
昔の話題も出尽くして、ただ一緒にいるだけの会である。
現在の仕事、暮らし向き、そういう話はほとんど出ない。
この年代にありがちな体調不備の話もない。
自然とそうなっているのだが、ある種の配慮が暗黙のうちに働いてる。

すでに頭は霜降りで一目見ればしわ32だが
高校時代の話し振りや動作というものはまったく変わりなく、
懐かしさを超えて驚くばかりである。

今日のコースは私が少年時代を過ごしたところだが
整備の行き届いたしゃれた散歩道になっていて
ゴミもほとんど落ちていない。
「みなきれいになっているなあ」
「きたなっていくのはおれたちだけだよ」
「ははは、違いない」
とじいさんの会話である。
ちなみにこの会の名称は、卒業時のクラス3年G組にちなんで
G3(じいさん)の会という。このネーミングからして、
なんともベタなダジャレで恥も外聞もない。
そういう自分たちをお互いに許してただ一緒にいるのは
なかなか得難い快楽である。

居酒屋座席表
shu igeta takahashi

iizuka kawana ogawa

太古叩いて校歌咆哮する
旧制高校の同窓会という風物詩(これもすでに20世紀の遺物だが)
をNHKなどでやっていたが、
こういう気分だったのか、と思われた。

高校時代のクラスメイトに会う事などないと思っていた。
晩年のこの展開は予想外だった。

Posted at 05時35分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年12月27日(日)

冬のよる [晩年]

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LED通り

今日の一句
冬のよる人多すぎの副都心 浮浪雀

昨日の続き
タグ打ち画面で確認
やっていくうちに
次々とやる事を思いつく。
それでなかなか完成まで行かない。
疲れたのでやめる。

夜は例会
久しぶりに2次会までやりました。

このブログ日記を読んでいたら
夏に誰かの結婚式に出席したと書いてある。
それが誰だか思い出せない。
そんな事実があったことすら
自分の中にない。
思い違いかと思って
その先を読んでいくと
確かにそういう事実はあった。
その箇所にいったら思い出した。

そういう事が最近多い。
忘れたかもしれない、
というのではない。
明らかに記憶にない。
この前は
私からあることを確かに聞いた、と言われた。
そのあることがまったく思い出せない。
その事実を聞いても自分の知らない事だった。
相手は私がそういったというのである。
こうなると多重人格である。
記憶がつながっていないのだ。
そういうことがあるのかもしれないな、
と思うことにした。
ことの是非を争ってもしかたがない。

この前は死ぬ時のあれこれを考えた。
実は墓の問題がまだ解決していない。
実家の千葉の墓は知っているが
ほとんど行っていないから、そこに入るのはちと面倒である。
小笠原の南十字星が見える丘に妻の実家の墓はある。
そこも悪くないが、これも遠いので娘は来ないだろう。
近くても来ないかもしれない。
私が墓参りをまるでしていないのと同様に
そういうところは私に似ている。

そこらにばらまいてくれてもいいのだが、
どうもそういうわけにはいかないらしい。
遺体は生ゴミではないので
ちゃんと燃やしてその骨をどこかにしまわないと行けない。
そういうしきたりである。
それにさからうほどの信念もない。
だからあまり人の迷惑にならないように
ほどほどのところで納めておかないといけない。

マンションみたいなところを買って
ある程度のお金を払っておけば
ずっと面倒を見てくれるらしい。
しかし墓は増える一方だから
いずれ地上は墓だらけになってしまうはずだ。
なのにそうなっていないというのは
どこかで墓をつぶして上に建物をたてているのに違いない.

私の中学校が墓の上に立っていたという話があった。
学校の七不思議のたぐいのあれだ。
などと関係ない事を考えるだけで現実的な話は進まない。
気力体力のあるうちになんとかしておかないといけない。

で葬式はいつがいいか
自分はもう何もわからないだろうが
参列者の方の都合を考えると
暑い時期は礼服が暑い。
寒い時も大変である。
春先だとこれから心うきうき出発の時期だから
避けた方がいい。
やはり秋だろう。
10月末の小春日和あたりがいいな。
それなら来ていただく方々に迷惑がかからない。
仕事をしている間は、付き合いで来られる方もいるだろうから
仕事をやめて付き合いが減ったころがいいだろう。
当たり前のように妻より先に行くつもりだったが
逆のこともあるな。
喪主というのはやったことがない。
これもあらかじめ調べてそそうのないようにしないといけない。
確かMが葬儀屋をやっているから
世話になってもいいか。
しかし知り合いだと余計な気を使わせることになるから
生協などの業者に事務的に頼むのがいいかもしれない。

などとあれこれ考えているのは楽しい。

若いときと違ったなと思うのは、
若い時はどうせ死ぬんだから何をやってもいいだろう、
と迷惑きわまりないことを考えたことがある。
しかしこの前は、そういうことを皆が言いだしたら
世の中めちゃくちゃになってしまう。
みんな死ぬとわかっていても
当たり前のことを当たり前にやっているんだ、と
気がついた。
父も母も特に大騒ぎはしなかった。
なんてことを考えていると元気が出た。

晩年だね。


Posted at 23時32分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年04月20日(月)

朝寝 [晩年]

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重力の法則

今日の一句
還暦を過ぎて恋しい朝寝の季節 浮浪雀

授業課題チェック打ち合わせ
と目の前レースの一週間が始まった。
卒業式の写真ができたので
郵送することになった。
写真だけ入れたのではさびしいので
簡単なメモをつけた。
それを24枚印刷して
封筒に一枚一枚入れる。

先週仕事関係の郵便物を2通作った。
出そうと思って下校のとき忘れた。
以前だと持ってくるのを忘れた事を思い出し
悔やんだものだった。
最近では忘れたままなので
悩む事はない。
翌朝仕事にかかかろうとして
机の上をみたら思い出した。
また忘れるといけなので
すぐに出しに行った。
忘れた事を悩まない分だけ進歩したのである。

それですぐに出しに行った。
かえって来ると、机の上に入れたはずのメモが
14枚あった。
人数分作ったはずなので
これは入れ忘れたものだ。
今更入れるわけにはいかない。

卒業生のみなさん
新しい環境にもうなれましたか
五月病になっていませんか
卒業式の写真ができたから送ります。
五月祭では今年もお化け屋敷をやるそうです。
また会えるのを楽しみにしています。
それでは、お元気で。   元担任

そんな文。後ろから2行目はいま付け加えた。
入っていなかった人はこれを見てください。

まあ今回はそれほど実害がないから
勘弁していただこう。
実害がでそうになったら引退だな。

岩崎学術出版というところから
出版物の案内が来る。
大分昔に学術書を買ってアンケートはがきを書いたら
送ってくれるようになった。
小冊子に著者のエッセーが掲載されている。
そのなかに知った名前を見つけた。
なかなか面白いことを書いている。
その著者の顔を思い出した。
今は大学院の准教授となっていた。
思い出した彼の顔は学生時代のままである。
そうかあ、そんなに時間が過ぎたのだ。

そういえば仕事で送られて来る郵便物の中に
知った名前を見つけた。
私が中学2年生の時の担任である。
高認予備校の講師の中に顔写真があった。
年を取っているが、まぎれもなく担任だった。
私のクラスがたしか始めての担任だったはずだ。
HRで吉永小百合・浜田光夫の♪寒い朝を歌わされた。
机の上に吉永小百合の写真があった。
私より10年ほど年上だったから
今は70ということになる。
写真からは口癖の
なんでかっていうとー、という
口調が聞こえてくるようだった。

いずれもこちらから連絡をとることはない。
というか相手が私を覚えていないかもしれない。
玉手箱が必要なのかもしれない。





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2007年06月17日(日)

花火 [晩年]

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行列店

今日の一句
宵花火今年は誰と見ゆるやら  浮浪雀

40年前の18歳の夏に
長野県の学生村に行った。
私の浪人時代(2)に少し書いた。

偶然、この夏は長野で研究会がある。
先日、兄から電話があった。
分科会の座長をする、という。
それだけ言って電話は切れた。
だから何だというのかはっきりしない。
もし来るのなら、顔ぐらい出せよ、
とそういう事を言いたかったのしれない。

さらに勤め先の美術部が
長野県で合宿をやるという。
私の担任をしているクラスの生徒も
多数参加する。

それで40年ぶりに
あたらしや、なる民宿に行ってみようと思った。

あたらしや古くなってもあたらしや

と575を書いて申し込みをすると
民宿あたらしやのおばさんは
「まったく東京もんにしてはひょうきんだね」
と言った。

そのはがきと当時の事を書いたノートは
4、5年前に確認した。
どこかにまぎれているはずである。
心当たりを捜したが出てこない。

ネットで検索すると
あたらしや、を名乗る宿は2つあった。
電話で確認すると、
どちらも40年前にその名前でやっていた、という。
一つは白馬駅のそば。
もう一つは少し離れた国際スキー場のそばである。

白馬駅のそばのあたらしやは
なかなか親切な対応で
まだ部屋はある、という。

もう一つは、夏はやっていない、とのことである。
どちらが私が40年前の夏に過ごしたところだか
確信はない。

前述した、浪人時代(2)には
信濃追分、という名前が出て来るが,
これは中軽井沢の隣の駅で
白馬とはまったく違う。
これを書いたのは1994.3月で
もう13年前になるが、
そのとき、いい加減な記憶で書いたものだと思われる。
それも確証がない。

民宿のそばの様子は
ところどころ憶えている
と思っている。
近くに青木湖という湖があったはずだ。
地図を調べると、白馬駅のそばに
確かにその名前の湖がある。

そういえば、白馬のルンナという歌があった。
内藤洋子が歌っていたはずだ。
そんな軽口を叩いた記憶がある。
白馬駅のそばのところで間違いあるまい。

はがきが出てくれば、その住所を見ればはっきりするはずだが
今のところ、どこにあるのかわからない。

40年前というとずいぶん昔のような気がするが
脳の中では現在の記憶とほんの数cmも離れていないところに
あるのだろう。
過去はいずれも脳内にあるのだから昨日も40年前も同じである。
それを脳の外で確かめておきたくなった。

白馬のあたらしやの人は
「そうですね。増築とかしましたから
ずいぶん変わっていると思いますよ」
と言った。

建物は変わっても、あの夏の空気感や夜の匂いは
変わっていないかもしれない。
確か橋のところで蛍を見た。
その橋はまだあるだろうか。

動けるうちに
一度確かめておくのも悪くない。

Posted at 23時06分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2007年01月07日(日)

人日(じんじつ) [晩年]

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冬嵐一過

今日の一句
人日や背筋伸ばして初仕事  浮浪雀

日曜日なので年賀状は来ない。
年賀状集計の分類を説明しておこう。
知り合った時の関係で整理している。

生徒関係というのは知り合った時が生徒だった、
ということだから、10代から40代までの方々である。
友人関連というのは、学生時代に知り合った方や
その後の研修会でご一緒した人などである。
20代30代と学生をしていたので、
そのころ知り合った人はけっこう多い。
最近では、年賀状をやり取りするだけの方もかなりいる。
仕事関連というのは、職場でご一緒した教職員で
30年前の小笠原高校時代に知り合った方からも来る。
親戚は私と妻の双方からで
宛名は連名で来る事が多い。
その他は業者関連のダイレクトメールなど。

関東では今日までが松の内なので、
一応集計しておくと、
生徒関連:47
友人関連:19
仕事関連:37
親戚関連:8
その他 :5
合計  :116

昨年は年賀状を100通購入した。
印刷に何部か失敗した。
来る者は拒まず
去る者は追わず
を基本方針としているので
返事は皆書くことにしている。
不足分はインクジェット用紙に印刷して50円切手を貼った。
年賀状としては失礼したことになる。
コンビニをいくつか回ったが年賀ハガキは売り切れだった。

まだ何通か来そうだがそれはまとめて集計しよう。

少し時間ができたのでパソコンをいじる。
ipodでshaffleさせて聞いているが、
最近それも飽きてきた。
自分が若いとき聞いていたその通りに聞きたい。
beatlesだと500曲ばかりがハードディスクに入っている。
原曲は200曲位だが、その後から様々なバージョンが出ている。
私が始めて買ったLPはBEATLES NO2という国内版で
東芝オデオンから出ていた。確か1500円だっと思う。
これを秋葉原の石丸電機2号館(当時木造平屋)で購入した。
このレコードは引っ越しのときに処分した。
ジャケットは良く憶えている。
プレーヤーはクリスタルカートリッジの安物で
これにクリスタルイアホンを直づけして聞いた。
3.5インチのテープコーダーを持っていたので
それに録音して繰り返し聞いた。
だからその順で憶えている。
高校時代の思い出が鮮やかによみがえる。

shaffleしているとなんだかそれがねじれる感じがする。
それで当時のままの順で再生しようと思い立った。
さっそくgoogleるとマニアの方々が写真入りで紹介してくれている。
全部持っていた(564曲 1.29G)と思っていたのに
抜けているものがある。もちろん当時のバージョンでないものは
ハードディスクに入っているが、1964発売の日本版のものがない。

それで 別のパソコンのLOGのハードディスクを捜すと
そこにウインドウズのファイルであった。
それをmacのipod用に変えて、フラッシュメモリーで移そうとしたが、
読み込んでくれない。
ネットワークで送ろうとしたが、暮れにサーバーをいじったので
これも認識しない。
あれこれいじっているうちに、ほっておいたネットワークの設定を
もう一度すべてやり直すことにする。
なんだかことがおお事になってきた。
ルーターの設定から変えてみたが、
思うようにファイル共有ができない。
log inに必要なパスワードを忘れていたりする。
help!って感じである。
一休みして、gmailを使う事を思いつく。
メールの添付ファイルで送る。

それでなんとか目的の曲が処理できた。

ビートルズ初期の日本版は5枚目くらいまでが
英国版と違うものが多い。(もちろん米国版とも違う)
その5枚分をitunesで作る。

そんな事をしているうちに瞬く間に時間は過ぎる。
晩年にやることはいくらでもある。
そんなことをしていられるのも
今日明日である。

Posted at 09時05分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2006年12月10日(日)

凍蝶 [晩年]

画像(160x120)・拡大画像(480x360)

からほり川

今日の一句
凍蝶に手出しできない人の性  浮浪雀

12月も1/3を過ぎてしまった。
今年1年のまとめをしたいところだが
所用が追いかけてきて
どうもままならない。

昨年の今頃は
いつ失明してもおかしくない、
と思っていたが、
今のところまだ大丈夫なようだ。

眼がたいして良くなっているとは思わないが,
慣れたこともあるのかもしれない。

それでも、以前に計画していたことは
ほとんど反古になってしまった。
反古になったこと自体にも
ほとんど執着はない。

もう少しIT関連の技量をあげるつもりで
Linuxの通信教育を申し込んでみたが、
教材にはほとんど手を付けないままになった。

数学検定も来年度には1級に挑戦するつもりでいたが
これもほとんど進んでいない。

かろうじて毎日更新は続いているが,
記事を記入する余裕はなくなった。
自伝シリーズも相変わらず年2回の更新で
ほそぼそと命をつないでいる。

今日夢を見た。
私は早稲田の教育学部の老学生で
在籍7年目になっている。
朝まで生テレビみたいな企画があって
そのコメンテーターに呼ばれた。
何か話をしないといけない。

中学時代のあのネタを話してみるか。
生徒会長のMに、にせのラブレターを送って
Mがまんまとそれにだまされた、という話。
私は立ち上がって話し始めたが
会場はざわつくばかりで誰も聞いていない。
講義が終わって休み時間になったらしく
外から学生がわらわら入ってきた。
呆然とたっていると、
高校時代の倫理社会のT先生が
ぱーこくんよ、世の中というものは
得てしてこういうものだよ。
と解説してくれた。

目が覚めてみると
この夢は一連のシリーズで
万年落第の大学生という身分。

実生活では5年分落第して
42歳になるまで大学に通っていた。
それは15年前に終わったのに、
夢の中ではまだ単位をとらずに
学生の身分が続いているのだった。

こちらの世界では
自分の担当の仕事が終わらず出勤することになった。
それでも終わらず、久しぶりに家に仕事を持ち込んで
なんとかつじつまを合わせた。

Posted at 04時19分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2006年12月03日(日)

[晩年]

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映画検定

今日の一句
近頃はみんな自分の暦引く  浮浪雀

映画検定はキネマ旬報社が主宰している。
問題集とガイドブックを売って
ついでに検定料を稼ごうという魂胆である。
何の役にたたない、というところが潔い。

まずは4級を受験した。
国学院大学が会場。
受験番号から推測するに1000人強の受験生。
私の部屋には40人ばかり。
おおむね20代の男性である。
30代40代が2人ほどいた。
多分私が最年長だろう。

問題は60題
合格は7割だから42題正解すればいい。
4択問題である。
時間は45分。
私は41題間違いなく解答できたと思う。
残り19題は記憶があやふや。
4択のうち正答らしき2題まではわかるが、
最後がわからない。
松田優作の遊戯シリーズ第1作は
処刑遊戯か殺人遊戯か
どちらだ?

10分ほどのこして
とりあえず全問マークした。
眼を悪くしてから、受験していなかった。
数検もシスアドも、まだ眼が悪くないうちに受けた。
やはりマークするのに時間がかかる。
輪郭がうまくつかめないのだ。

それでも試験は好きだ。
若いときに比べて
時間がずいぶんかかって
もどかしい。
この程度なら、20分で終わっていた。
それがほぼ時間一杯かかる。
まあ,仕方がない。

受験数学などは、計算ミスというか
転記ミスというか、ともかく誤記入の嵐である。
なんだか手が勝手に別の事を書いている。
認知症ならぬ書記症である。
それでもしぶとくやるところに
意味が・・・ないか。

渋谷なので、時間の合う映画を見た。
プラダを着た悪魔
ファッション映画かと思ったら
まずはまっとうなサクセスストーリーだった。
それなりにちゃんと作ってあって
役者もそれぞれ存在感があったので、許す。
☆3.5

Posted at 07時24分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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