2005年05月16日(月)
五月病
やっと受験勉強を終えて
望んでいた大学生活が始まった。
入学式からゴールデンウィークまでは
忙しさにまぎれてなんとかしのいでいるが、
五月に入って、
少し慣れてくると
どうも憂鬱になっている。
こんなものが自分の望んだ生活だろうか
あれだけ待ち望んだ光あふれる学生生活は
いったいどこにあるんだろう。
どうも鬱うつとしてこころ楽しまない。
始めはそんな状態を言ったらしい。
それが新入社員にも適用され、
そのうち、風薫る五月になると
みな、なんだか憂鬱になるような勢いである。
4月からの緊張の糸が緩んで
疲れがでるんだ、という解釈が一般らしい。
退職して新しい職場に入った私に
当然五月病はやってくる。
新しい場所に適応する疲れが出た、というよりは
以前の場所から離れた、対象喪失からくる
抑うつ状態である、と考えるとなんだか腑に落ちる。
どんなに嫌だと思っていたところでも
環境が変われば、それまでの生活を失う事になる。
新入生が受験生時代を懐かしむのと同じである。
それが離れたくなかったところなら
対象喪失の度合いは大きい。
それに対処するには
喪の仕事をちゃんとやるといい、
とモノの本に書いてある。
以前のところを思い出し
とことん悲哀にくれるのがいいのだ。
強がって、なんでもないやい、
などとうそぶいていると
抑うつは激しくなるばかりである。
こころにでなければ、体に出る。
そういう性格のものだ。
対象喪失の最たるものは
肉親者を失ったときである.
その場合、7日ごとに法事を行って、
7回めが一区切りである.
77の49日の法要で、俗にいう忌明けになる。
そののち百ケ日、初盆、1周忌、3回忌、7回忌、
13、17、とだんだん慣らしていくことになっている。
そこで私も○まぶきさんと化して
土日、以前の職場の歓送迎会にでたり
演劇部の新人歓迎会に顔を出してみた。
歓送迎会では、
他の学校へ異動した方々から
今のところより前のところが良かった
との感想が述べられた。
もう「前の」のことになっているんだなあ、
と私は思った.
私には、前も今もない。
ただもう目先のことを相かわらず
自転車操業でこぎまくっているばかりである。
演劇部の歓迎会では
なんだか以前とまるで同じスタンスだった.
伝統のシュークリームを食べ
勝手にお湯を沸かして
かって知ったる引き出しから
ティーパックなど引っ張りだして
悠然とお茶を入れたりした。
もう我がもの顔である。
今の職場では、
外から持ち込んだペットボトルが空になると
そのまま鞄にいれて駅まで運び、そのボックスに捨てている。
どうもいまだによそ者である。
そんなところに朝7時半から夕方6時頃まで
もう切れ目なく仕事が続いているのだ。
まあ、対象喪失には多忙が最大の薬だから
これは正しい処方箋かもしれぬ。
49日には何をやるかね。
今日の一句
軟派師の好む白靴玄関に イシマ
Posted at 19時25分
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