ぱーこシティ

読経始め

今日の一句
寒柝やご近所付き合い自治会員　浮浪雀

少し迷った。
もう卒業して５年ほど経っている。
直接教えたのは中学３年生までだ。
担任もしていない。

まず礼服を着るのが面倒だ。
ベストはもうキツくなっている。
コートもボタンの跡が擦れて白くなっているのしかない。
靴は一応それなりのがある。
礼服はこの9月に袖を通してクリーニングに出したのがあるはずだ。
せこいことを言えば御霊前にいくら包むかで少し（脳内で）もめる。

珍しく今日は仕事のない日だ。
葬式は人生最後のイベントである。
故人に私なりの思いはある。
＜これからいいところを見せてもらうはずなのに
死にやがって、バカチンが＞
もちろん口外する気はない。

先週の金曜日に小学校で給食を食べているときに聞かれた。
イシマ先生、N知ってる？
私は少し風変わりな彼の下の名前で答えた。
そうそう
亡くなったんだって
えっ。

享年20歳
まだ誕生日が来ていない。
かれが中３の時、もめた。
指導部担当として私が呼ばれた。
その時のことはよく覚えている。

進路のことについても話したことがある。
そのことも忘れられない。

斎場の場所はLINEで流れてきた。
いつもと違う電車に乗ってバスに乗って
少し歩いた。
ちょうど始まる時だった。
会場は満員で待合室に案内された。
遅れてきた卒業生が
あ、イシマ先生だ、と気がついて挨拶をくれた。
女子が３人。故人と同学年だったはずだ。
後から男子１名が遅れてきた。

私と遅れてきた卒業生４人。この５人が別室でTV中継を見た。
ご焼香する様子がよく見える。

白いのが多い！
若い女子は屈託がない。
参列者の頭を見ての感想である。
仕方がないじゃない。
軽く諌める口調でY子がいう。

それから無言で読経シーンをみた。
TVの置いてある場所は昨日の告別式でお別れの会があったところだと思われる。100人ほど入る広さである。
私たち５人以外誰もいない。
私語をしても失礼にはあたらない。
さっきまで画面をみながら、あ、Y先生だ。あれ　Kくん、とか
久しぶりに見る高校時代の知り合いの名前を呼んでいたのだ。
でも読経の間、黙りこくって静かに画面を見つめていた。
この学校の文化がそうさせるのだと思った。
カトリックミッション校の卒業生が浄土宗のお経をしずかに聞いている。
なかなかたいしたものだった。

ご焼香は一般の参列者だけだった。
そして初七日は親戚縁者だけだった。
とても簡略化されている。
このスタイルは初めてだ。

それも済み、坊さんがなにか挨拶してるのが画面で見える。
ただし音は聞こえない。マイクが読経の位置に合わせてあるようだ。
私は荷物を置いたまま、立ち上がって会場に行った。
会場は同じ階のすぐ脇にある。
席がないから別室で、と係に言われたのでここへきた。
こんなところで送るわけにはいかない。

会場の後ろに行くと葬儀係が寄ってきた。
ここで送らせてくださいと言うと、こちらへ、と
後ろの壁際まで案内された。

後から卒業生たちが荷物を持ってやってきた。
私のコートとカバンも持ってきてくれた。
なかなか気がつく女子である。

坊さんの挨拶の後、甥の子が別れの言葉を言った。
おにいちゃんは、と故人のことを呼んだ。
会場にはすすり泣きの声が広がっていった。
ときどき言葉に詰まるのは、彼も泣いているのだった。

正直言えば、私はもっと参列者は少ないかもしれない、と思っていた。
彼は２浪の後関西の大学に進学したのだ。
高校の時の同学年の卒業生たちとは疎遠になっていてもおかしくない。
それが、Nッシーは、と当時の呼び名で故人のことを呼んでいるのだ。
なかなか情に厚い学校だと思った。

参列者は60名ばかり。そのうち半数近くは親戚縁者であとは故人の友人関係だと思われた。
献花の名前を見ると、父親の職場関係、これはほとんど取締役との肩書きがついていた。またおそらく母親の職場関係の献花も多かった。これは部署の部長級から現場の係まで多彩に及んだ。進学先の学長、学部長名の名前も見えた。小学校職員一同、中学高等学校職員一同のものもあった。全部で23ほど飾られていた。
会場の入り口に故人を偲ぶ写真がいくつかあった。七五三の写真、小学校、大学の入学記念に校門で撮影したもの、そして黒い革ジャン。
私から言わせればお金持ちのお坊ちゃんなのだ。

幼稚園にも行かず、小中高大学とすべて公立で済ませた私と身分が違う。
そうした生徒から先生と呼ばれて過ごした９年間。私は内心逆の意味で世を忍ぶ仮の姿と思って奉職していたところがなくもない。今のゾンビじじいと呼ばれて体を張っている方が気が楽だ。

65歳で最後の担任をしていた時、難病で入院した生徒がいる。春休みに見舞いに行った。病室にはお母さんも来ていた。それが私の現役教員としての最後のお見舞いだった。その彼も来ていた。ご無沙汰しています、と挨拶された。母親はこの学校の同窓会の委員もしている。そんなことで葬儀に参列されているんだと思った。

友達と二人で焼肉を食べて、その途中でトイレに行くと行ったきり帰ってこないので、友達が見に行くともう事切れてたというのよ。喉に食べ物がつまったらしい。（それは私の母親の死因と同じだった）その同窓会役員はそう教えてくれた。11月28日のことだ。

最後にお花をご遺体に添えてお別れとなる。花を置きに行く時ご遺体の顔をよく見た。若い人の死に顔はきれいだった。この前９月の葬式。私の友人のお顔は知っている顔ではなかった。今日の顔はたしかにNだった。この時、また参列者からすすり泣きの声があがっていた。

お父様の挨拶は、故人本人がすればそうであっただろう、と思われるほど故人に似ていた。彼は父親似だったのだ。その性格、声の出し方、挨拶のアクセントも。私に故人の臨終のことを教えてくれた友人の母親もそう言っていた。

霊柩車を送って参列者は散らばっていた。私は来た道を帰ろうと思ったが、もと同僚のY先生がいた。それで話しながら江古田まで行った。先生は退職後はNPOに関係したり、地元で環境問題の講師を頼まれたりしている、と言った。地理の先生だった。部活は卓球部。今のようだととても強くはなれない、と独り言のようにつぶやいた。

私は練馬で降り練馬の実力アンデスで一休みして、生姜焼き定食を食べた。
練馬ー東中野ー三鷹と電車で帰宅。三鷹から歩いたが、尿意が切迫して難儀した。