2007年10月13日(土)
秋晴れ [日記]
今日の一句
秋晴れの東京タワー応答せよ 浮浪雀
体育祭は天候に恵まれて終わった。
私は終了後すぐに退勤するつもりでいた。
それは私が7年ほど世話になった
T大の相談室の50周年記念行事があったからだ。
往年の先生方もお見えになるという。
私がいた頃、大学院生だった方々は
おおかた大学の先生になられている。
私が在籍したのは、
50年のうち、26年目から33年目ぐらいで
初代のS治先生が退官されて
1年ほど空白があったあと
K藤、M瀬、両先生がいらした頃のことである。
30代はほぼこの活動で過ごした。
当時の方々がお見えになれば
その顔を見て、私が年を取った事を確認したかった。
あらかじめ送られたパンフレットには
50周年記念誌にふさわしく
それぞれの時代に活躍した方の回顧録が
掲載されていた。
また当日予定されている挨拶にも
知った名前を見たが,そのなかで
K先生の名前だけがないのである。
行き場のない中年学生の私を
K先生は研究生として置いてくれたのである。
定年を迎えT大の名誉教授となれば
しかるべきところへ再就職するのが
通例である。
たとえばM先生はG習院大学の大学院で
やんごとなき方の指導にあたっておられた。
初代S先生は民間の研究所の所長待遇で
最後まで臨床の場を離れなかった。
K先生は5年前に退官されてから
ほとんど公の場に姿を見せない。
健康問題があるのだろうか、
私としては、気になっていた。
もっとも在籍期間ばかり長かった割には
ほとんど成果もなくなんの資格を得ることもなく
学生をやめた私にとっては
いささか敷居が高い。
行くかよすか、ずいぶん迷っていた。
会場の都合で定員は120名、
あらかじめ申し込まなければならない。
この日が学校行事の日であることはわかっていた。
開催時間が遅いので、仕事の後で駆けつければ
なんとか終了までにはいけるだろう、と思っていた。
それで、この夏の「あたらしや」に続いて
回顧シリーズの一貫として、申し込みをした。
受け付けました、の返事はメールできた。
行事は再競技種目があったり、
担任のクラスの仕事があったりして
結局、私がもくろんでいた時刻より
2時間ほど遅れて終わった。
いまから駆けつけると
ちょうど会が終わった頃になる。
今日はあきらめるか、
玄関先で靴を手に
しばらく態度を決めかねていた。
ひと月ほど前から気持ちの流れが決まっていたので
ともかくいってみる事にした。
会には参加できなくても
T大の構内をあるいてみるのも悪くない。
回顧シリーズにはなるだろう。
予想通り、会は終わったようだった。
外から会場の建物を見ると、
まだ中にいる参加者が見えた。
今さら、のこのこ顔を出してみても
相手が困惑すると臆する気持ちがあって
私は中に入る事なくやりすごし
あたりを散歩することにした。
秋の日はすでにとっぷりと暮れ
構内は暗かった。
遠くから歓声が聞こえてくる。
運動場はナイターの照明が芝生を浮かび上がらせていた。
アメフトの練習をしていた。
医学部図書館を移動します、などと掲示があったりするが
構内の様子はおおむね以前と同じようだった。
正門から出ると
営業スーツの私に
警備員は敬礼をした。
Posted at 00時26分
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