2005年02月25日(金)
追試
中央線南側
吉祥寺から阿佐ヶ谷にかけて
少し視界の開けた区間がある
遠く新宿西口の高層ビルを
望む事ができる。
手前は一面白い屋根だった.
アヤしいデジカメ小僧になって
運転席のうしろから
「電車でGO!」写真を撮ってやろう、
と思っていたら、
「先生」と声をかけられた.
3年前に卒業した人だった。
神楽坂で仕事をしている、
というので、早稲田まで一緒になる。
いつものことだが
名前が出てこない。
(この日の夕方思い出した.
ohhira君である。)
最近誰かに会いますか?
この「誰か」は共通に知っている卒業生
といった程度の意味だ.
そうだな、1年2ヶ月ほど前に
新宿で集まったことがあった。
それ以来、会っていない。
そうそう
ロンゲがいたな。
相変わらずロンゲの名前も出てこない.
ああ、おれもいましたよ。
そうだった。
そのことも忘れていた。
彼は私のぼけ状態に気を悪くするでもなく、
近況を語った。
私の担当する試験は終わった。
追試が2名出た.
1名は仕事の都合で受けられなかった.
もう1名は点が少し足りなかった.
そのうちの1名の分をやる.
その監督をしながら
邪魔にならないように
後ろでリサイクルの紙類を
仕分けした.
機械の機能があがると
紙類がやたらに増える。
それを大きさの順に分けて
リサイクルボックスに入れる。
以前のプリント類にもう一度
目を通すことになる。
仕事の流れを振り返って
なんとなく改善点を考えたりする.
こういう作業の中に
宝が埋まっていたりするのだ。
だからこういうことは
人に任してはいけない。
会議が中止になる。
私にしたら、よかったということになるが、
そのために予定を変更した人もいて
「思いつきで物を言う上司」は
まったくいい加減にしてほしい、と思うだろう.
年度末になって朝令暮改が
ますます激しくなって来た.
そういうことなら、
こっちも手を抜くだけである.
ばからしい。
映画クラブ初代部長へこみん氏が来た.
伝統と栄光の映画クラブの整理をする。
始めの頃は3年おきにまとめていた。
1991-1993
1994-1996
1997-1999
そのあと私がいそがしくなって
中断した.
昨年度は総合学習と称してやってみたが
映画クラブとして反省すると
あまりいい結果じゃなかった。
映画をみたいからでなくて
単位がとれるから来る人が増えた.
動機が不純である.
授業をさぼっても
映画が見たいから来る、
単位を捨てても
映画が見たい。
これが正しい動機である.
それが逆になって衰退した.
(単位修得とセットにして
集客力をアップさせる、
と姑息なことをチラリと思った
こちらの間違いだった)
今年は2回ほどやって
最後に3回、参加者1名でやった。
これが本来の姿である.
最後に原点にもどってよかった。
7時前に下校。
1週間寝込んだ地獄のインフルエンザ以降
妻の「引き」が戻っている、という。
ここ連日の爆裂連ちゃんである。
気を良くした妻がおごってくれる。
私は、早い安いうまいの3拍子そろっていればいい、
食事は義務のように思っているから、
ともかく早く済ませて義務を果たしたい、
そういう性分だからつまらないもんである。
妻はこの点に関しては普通の人なので
何を食べようかなー、から始まって
食事の時間は十分たのしみたい
と思っている。
長くつきあっているから
そういうことはすぐわかる。
実は(一人で松屋あたりでブタメシ
かっこんでいる方が気が楽だ)
と心の片隅で思ったりもしている。
ごちそうをおごってもらって言う事ないじゃない、
とあるいは人は言うかもしれない。
もっともそうなると
それなりにわびしいものだが
それはそれで悪くない感じでもあるのだ。
ビンボーというのも面倒なものだ。
でもまあたらふく食べて
買い物つきあって帰宅9時すぎ。
コタツ寝で起床4時
すでにじじいモードである。
今日の一句
理科室の亀泣き果てぬ遅い朝 イシマ
Posted at 08時13分
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