2005年03月25日(金)
修了式
年度の終わり
放送の係を装おって
機械の前に隠れていた。
14年前は最新型の
タッチセンサー
プログラムはベーシック
ホームページの問い合わせに答えた後、
昨年の夏の都研講師の資料を送る。
そのとき集めるのを忘れたのだ。
相手はかっての同僚
エリート指導主事である。
書類集めに奔走しているようだ。
修了式午前の部
校長の話
校長は定年退職なので
自分の学生時代の苦労を語った。
生活指導部の話.
相談部、保健部、と続く。
そのあと学校を離れる人の挨拶となる。
何を話すか考えていなかった。
私のこの学校の思い入れをわめいた。
ついでに最近の「自己責任」の使われ方について。
自己責任は人に言われるものではない.
自分からそれを選ぶことに意味がある。
自己責任でお願いします、などというヤツは
みな無責任野郎である.
私は責任とりません。勝手にやってくれ
というのと同じだからだ。
ならばそう言えよ。
そのあと食事。
少し片付け。
午後の部となる。
ここでは、
すべてのことは
脳内の妄想から始まる、てなことをわめいた。
東大受験も恋愛も退職も
はじめは1400立方cmの脳髄の暗がりから始まる。
それを現実化するのだ。
そんな話.
みなさんは40年もあるから
なんでもできる!
演劇部がなかなか来ない。
結局活動は小体になる。
謎の顧問氏に登場願う。
引き継ぎのファイルを渡す。
そのあと会議
離任者の挨拶がある.
私が一番古いので先頭である。
12人ほどいるので、
教員生活30年の履歴をのべるだけにとどめる。
その後、校長の話になった。
卒業生が来る時間なので
申し訳ないが途中で出てくる.
卒業生Kさん来る。
彼女は3年前私が担任した。
受験の話をする。
1時間ほどして帰った。
その後放送部の様子を見る。
6時半頃でる。
今日は同僚諸氏が
私の退職を労ってくれる。
中華のごちそうと
花束とお菓子をいただいた。
ありがたいことである。
9時40分までやった。
帰宅11時ごろ。
今日の一句
鴬餅ただ見るだけの40年 イシマ
Posted at 01時11分
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.pahko.jp/tb.php?ID=233
